マレーシアの「実質的な感染者数」は減らないと思う。その理由は・・・

マレーシアの昨日の新規陽性者数は10710人。ちょっと減りましたね。

これは「重点的にやっていた検査が終了したから」とのこと。またその前の1万人超えは「検査を強化したから」と言われてて、検査数そのものも大きい。

なるほど・・・、なんてちょっと気が休まる感じもしなくはないのですが・・・。

これって「調べればいくらでも出てくる」という意味だと私は解釈しています。

EMCOで隔離されたようなところだけではなくて、「せ~の」で全国で検査したらどのくらいの数字が出てくるのか想像しただけでゾッとします。

私は性善説で物事を考えませんので、こういう数字もコントロール出来るんだなと思ったくらい。国民がびっくりするような数字にならないように、【検査数で調整ができる】という意味でもあるから。

それとですね、皆さんが「良いこと」だと思っている現象に、私は危機感を感じるんですよ。それは感染者ですが、ステージ1からステージ5まで分けられていますよね。

ステージ1は無症状。
ステージ2は軽症。
ステージ3は肺炎、
ステージ4は酸素吸入補助が必要。
ステージ5は重症で呼吸補助が必要(エクモですね)

これがそれぞれどういう数字になっているかというと、下の画像の通り。

無症状と軽症を足すと、なんと97.9%。

つまり、いわゆる治療が必要な重症、中等症の患者は2.1%しかいない。

これって良いことだと思いますよね。重症者が少ないということは死者も少ないわけですから。

でも逆を言うと、症状が全くない人が59%もいる。当然、本人は感染しているとは思っていないでしょう。

こういう無症状だけれど感染している人たちが検査で見つかったのは良いことですが、「重点的な検査をしなかったらわからない」という意味じゃないんですかね。

放置しても、本人も自覚がないのだから、何もわからない。

要は、私達の周りにはそういう人が多くいる、ってことじゃないかと。

軽症の人は38.9%ですが、軽症ということは、本人は「あれ?風邪かな?」みたいなんですかね。もしかしたら「コロナに・・」と考えるかも知れないけれど、治療は必要ないと自己判断する人は多いのかも知れない。私達も「風邪かな?」と思うことはありますが、もしかしたらコロナに罹っていたかも知れない。でも重症化はせずにそのまま治ってしまったとか。

そういう軽症もいれると97.9%もいるという事実。

本来、誰かの調子が悪くなって、「感染したかな?」と医療機関に申し出て、検査を受けて「陽性なのがわかる」んですよね?そしてその人との接触者を調べていくと芋づる式にどんどん出てくる。

では、「感染したかな?」とも思わない。当然、治療なんて想像もしなかったらどうなるんです?当然、その人は検査も受けないし、接触者も同様。これは今の私達が「コロナは嫌だね。感染しないように注意しよう」と思っているケースも同じで、症状が強く出るか、検査を受けない限り実際は感染しているかどうかはわからない。

私達は結構、真面目に考えますから、もし自分がコロナに罹っているとしたら、【家族や友人知人、会社に迷惑をかけてはならない】と誰しもが思う。当然、自分の命も心配だからすぐに医療機関に行く。

ところがですね、「若い人は重症化しづらい」という傾向はどこにでもある。

これを念頭に、昨日の10710例を考えると、ステージ4、ステージ5の危険な人たちは年寄であろうというのが想像できる。

これが何を意味するかというと、「感染が広まっている建設現場や工場」に年寄りは少ないはずで、建設、工場などでは、【自覚がない】【風邪かな?程度】の人がかなり多いってことになりませんかね。

だからこそ、重点的な検査をしないと感染者をあぶり出せないんでしょう。

そしてマレーシアには外国人労働者が多い。建設現場や工場に多くいるんでしょう。

その労働者の多くは「感染しても自覚がない」「感染してもちょっと具合が悪くなる程度」であろうことは、上に書いた数字から簡単に想像できる。

私が気になるのは、そういう人たちがどういう労働条件なのかってところ。月給制なのか、出来高制なのか、時間給なのか。もし彼らが「仕事を休んだら」「現場が止まったら」どうなるのかってこと。無給なんですかね。

無給で良い人ってこの世に存在しないわけで、コロナで現場がストップすると、困るのは彼ら自身だとした場合、彼らは何を考えるのか。そもそも感染しても自覚がない人も多く、症状が出ても確率的に危険な状態になることは無いのがわかっていたとしたら?

「余計なことは言わずに、黙って働こう」という風に気持ちは動くんじゃないですかね。そして同僚も同じだから、「お前、わかってるよな?」という無言のプレッシャーが職場にあるはず。

そしてそして、経営者。

建築現場や製造工場のラインが止まることがあったらどうなるのか。

今の時代、どんな業種でも「サプライチェーン」が構築されていて、【どこかでちょっと止まるだけで、全体が動かない】ことが起きるんじゃないですかね。

私達はタイの洪水で、世界の製造業が大騒ぎになったのを覚えているし、昨今の「半導体不足」で、自動車メーカーがラインを止めることが起きている。

もし「コロナの感染者が出た」ということで、たとえ数日でもラインが止まるようなことがあったら大変なことになるんじゃないですかね。建設現場も同様。

つまり、経営者サイドからも、「お前たち、わかってるよな?」というプレッシャーが常に掛かっているんじゃないですかね。

ましてやその経営者も労働者も「感染しても大したことはない」のがわかっているんですから。

これって従業員がちょっと気が緩んで「立ち小便」をして、それが警察に見つかり逮捕され「2週間の勾留」になるのと似ていて、それで従業員のたとえ20%でも働けなくなったら、彼らのその間の収入は途絶え、現場はストップするなり、大幅な遅延に見舞われる。だったら「【本人は元気そのものなんだし、働けるのだから】立ち小便ぐらい、見逃せよ」となるに決まっていると私は思うわけです。

そしてマレーシアの構造として、大手企業と政府との結びつきを考えると・・・・・・。ま、いろいろあるんじゃないかと思うわけです。

日本なら「コーポレートガバナンス」がマレーシアよりしっかりしているから、もしそこそこの感染者を出したら、それこそ「社会に叩かれる」んじゃないですかね。信用を失うのは間違いがない。またもしも「感染者が出ているのを隠した」なんてことになったら、国中で大騒ぎになるはず。経営者はもちろん、現場の管理者、自治体の担当も糾弾されるだろうけれど、さて、マレーシアでは?どこの会社がどういう環境でどういう風に感染が広まり、それの対策をどうするつもりなのかって、私は聞いたことがない。

せいぜい「ワクチンを優先的に打ってもらう」程度?そしてその後、感染者が出ても「重点的に検査をする」のは止めるとか?

建設現場も製造工場も「リモートワーク」なんか出来ないわけで、「絶対に止めてはならない」のが普通ですよね。そしてそこには十分な労働者が必要なのは当たり前で、たった数%の労働者が「コロナで隔離」されただけで、仕事がまともに動かないなんてことが起きるんじゃない?余裕のある人員を常に待機させている現場なんて無い。

だからもし具合が悪くなる労働者が出ても、「あ、風邪ね。休んでいいよ(絶対に病院に行くなよ)」ぐらいにしかならないんじゃないですかね。そしてその労働者も「休んだら日当も入らない」としたら、どうするか。

黙って「倒れることがない限り」頑張るんじゃないかと思うし、私もそういう立場だったらそうするかもしれない。

国の援助にしても、「労働者の収入援助」なんかしたところで、大きな建設現場の進捗が遅れて出る大きな損害を補償することはない。またある部品工場の操業に支障が出て、たとえば「自動車の生産ラインが止まる」ようなことがあっても、その損失まで政府が補償することはない。

となれば、どうするかはもう決まっているようなもんじゃないですかね。

マレーシアって今では「世界の生産工場」と言っても良くて、コロナの広がりもそういう視点で見ないと何もわからないんじゃないですかね。それをインドネシアや観光産業で食っている国や都市と比べても何もわからないし、今また感染が広がっているタイはマレーシアに近い事情を抱えているかも知れない。

そして建設や製造業が盛んでない国や都市は、「行動制限令を強化」したり、「リモートワークを推進する」だけで、コロナ対策となるのかもしれない。

でもマレーシアの場合、本気でコロナ対策をすると、国も企業も労働者も困る構造になっているんじゃない?

そしてその根本にあるのは、「若い人は重症化しずらい」という事実であり、「感染した自覚もない、症状もほとんどない」のが全体の97.9%も存在する。そしてその%も国全体の%でしかなくて、建設現場や製造現場では若者も多く、その%はもしかしたら99%を超えるかも知れない。

こういう状態が放置される限り、私はマレーシアの感染者は減らないと思う。

ただ、「新規陽性者としての数字」は上に書いたように【検査数でコントロール】出来る。でも「誰も知らない、誰もわからないところで感染者は増え続ける」と思うわけです。

どう思います?

世界の大金持ちは産業らしい産業もないリゾートみたいなところに移住しているという話を聞きますが、日本人の感覚で言えば「田舎に引っ越す」なんてのが一番賢いのかもね。

それが出来なければ、副反応も副作用もちょっと横に置いといて「とりあえずワクチンを受け」、「ワクチン様、お願いします」と手を合わせながら毎日、戦々恐々として生きるしかないのかも。

でもそれは年寄り、持病持ちの話でしか無くて、若者にしてみれば、「若干の危険を受け入れれば、コロナは怖くない」ということになるんじゃなかろうか。世界でも思うように接種率が上がらないのは、若者にしてみれば「ワクチンのリスク」と「コロナ感染のリスク」って似たようなものでしかなくて、だったら超法規的措置で見切り発車した未知のワクチンはやめようとなるのも理解できる。

行動制限がいつまでも出来ると思うほうがおかしいんじゃない?

だから政府としたって、「ワクチンが全て」として、接種者にはアドバンテージを与えるのも自然な動きだと思う。でもそれは「やるべき救済」の意味でしか無くて、ワクチンパスポートを持っていれば安全、ということではまったくないんじゃないですかね。

我が家はいまだ「様子見」です。

今現在の予想ではワクチンパスポートがないと生活に支障が出るわけでもなく、引きこもりが出来る状態であるのを利用して、先延ばし戦略です。

     
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