【新MM2H】我が家の将来を決めるのは「父の考え方次第」ってことになるのかなぁ。あまりにも個人的な話だけど・・

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本当に今回の「MM2H取得条件の変更」には困りました。

我が家には同居はしていませんが、年老いた父とその父を面倒見ている姉がマレーシアに住んでいます。(母は一昨年、マレーシアにて死去)

こういう状況は、そうしようと計画を練ったのではなくて「偶然」です。

私達がゴールドコーストを出てマレーシアに行こうと考えだしたのは2008年の頃でした。

それを両親に伝えたところ、なんとその時点でアメリカ在住の姉がマレーシアのMM2Hを取って「引っ越し直前」なのがわかりました。姉がそんな計画を持っているのを私は全く知らず、その偶然にはかなり驚きました。

その頃、両親は日本に二人だけで住んでいたのですが、ハタと気がついたんでしょう。「俺達もマレーシアに行けば、家族全員、揃うことになる」と。

それからの父の行動は早かった。あっという間にMM2Hを取り、マンションを含む日本の資産は全て売却し、姉を追ってマレーシアに渡った。

でも考えてみればおかしなもんで、その時点で80歳になっていた父は「見ず知らずの外国で、夫婦だけで生活できるとは考えてなかった」はずです。つまり、誰かが面倒を見る。もちろん同居かそれにかなり近い形で住むことになる。

私達も姉も「そんなことは想定していなかった」わけですが、なんとなく流れで「その頃、丁度独り身になった姉」が同居することになった。もし姉が独り身になっていなかったら同居はあり得なかったはず。これも偶然。

その頃、私達もMM2Hの取得は終わっていましたが、ゴールドコーストの資産処分に困っていました。ちょうど、リーマンショックで【オーストラリアドルは未曾有の大暴落】で、そこそこ値の張る【自宅価値も大暴落】。当時の私は「俺はもう終わった」と思ったくらいで、資産全体を日本円で換算すると「4分の1以下」になってしまったんですよ。

だから動くに動けなくて、どうにか見切りをつけてマレーシアに渡ったのは2016年。7年間の無駄な時間を過ごしてしまった。

それでも2016年には、それまで長い間、日本、アメリカ、オーストラリアとバラバラに住んでいた家族が集合出来たわけで、私達がマレーシアに到着し、両親の住むコンドに行ったときのことが忘れられません。

母だけがコンドの玄関で待っていて、私を見て涙を流し、【これであんたに看取られて死ぬことが出来る。どうも有難う】と耳元で言っていた。

父は「マレーシアで最後を迎えるつもり」で、日本に帰るどころか、「もう二度と飛行機には乗らない」と決めていました。

ま、こんな事が言えるのも、【MM2Hを更新し続ければ問題ない】というのが大前提にあったから。

前にも何度か書きましたが、MM2Hというビザは観光ビザに毛が生えたようなもので【このビザでは永住できない】と思っていたし、「いや、大丈夫。永住できる」という多くの先輩方とぶつかったことさえあった。

そんな私ですが、「10年ごとの更新は問題なく出来る」となんとなく信じていたのね。その理由は、当時の観光大臣がそれを個人的にも明言していたから。

ここが落とし穴でしたね~~。

私がそもそもマレーシアに来たのは「遊びに来たわけじゃない」し、「新たなステップに登るため」であるし、その私の計画に賛同した長男もマレーシアに来た。長男が跡取りとなってダボ家を、そして私の夢を継いで叶えてくれるかも知れないのは本当に嬉しかったです。

つまりMM2H取得の順序としては、「姉」「両親」「私達夫婦」そして「長男」と4つのMM2Hがダボ家に存在するわけです。当然、取得時もバラバラ、更新時(パスポートの期限)もバラバラ。

この4つのMM2Hビザを「新MM2Hの条件で更新」するのはほぼ不可能です。

サラワクMM2Hも含めて、あの手この手を考えれば、絶対に無理ではないにしても、100歳に近づく父のビザを更新出来るのかは疑問。これは旧MM2Hでもそうですが、正直なところ、ここまで想定していませんでした。

父は94歳で元気ハツラツ。悪いところは一切なし。でもこれからはわからない。

このまま更新できるかできないかわからないまま、マレーシアで生活を続けるって非常にうまくないと思うんですよ。いつか意思に反して帰らないとならないとしたら、早いほうが良い。そして当然、高齢者用の施設に入ることになるんでしょう。でも我儘な父は「俺は絶対に施設には行かない」と昔から言い切っていました。それって「姉か私が面倒を見る」ということを意味しているわけですが、そこのところは言わないのね。そして父と私は犬猿の仲だから、どうしたって姉に負担がかかる。

どちらにしても、日本に帰るとなれば、姉も一緒にということになる。

ところがですね、こういう合理的な話を受け入れるオヤジじゃないんですよ。「俺はやだ!」と言って黙り込むのがいつものパターン。

でも「多分、新しいMM2Hでは【私達の更新は出来ないよ】」といえば、考え方を変えるとは思うんですが、それってあまりにも可愛そうだと思うわけです。

もしオヤジが納得して日本に帰ると決めたにしろ、私達夫婦+長男はどうするべきか。このままマレーシアに残ることは可能だとしても、それで良いのか。「親の面倒をみる」のを全て姉に押し付けたままで良いわけもない。世界を自由気ままに転々としながら生きてきたような姉が、この10数年、短い旅行さえも行っていない。でも姉も大したもんで、親の面倒をみるなんて考えてもいなかったのに、今でも愚痴一つ言わない。

そもそもマレーシアに来たということ自体、我が家には所得税が掛からないとか、生活費も安いとか、そういうことで住む国を決めて良いものなのかという原点も気になるんですよ。

自分が本当にしたかったことはなんなのか。

私はこれを封印し続けてきたわけです。それは家族のため、ダボ家の未来のためと・・。良く言えば「仕事優先」。これは多くの人たちと同じだけれど、私は現役時代に「やるべきことをしなかった」のね。だから「老後は悠々自適に生きる」どころか、「やるべきことをやらなかったのをまず取り返さないとならない」という思いが強いし、そのために自分の今後の一生をかけても良いと思っているんですよ。なんせ今まで好き放題、やりたい放題だったんですから。今更、ゴルフ三昧、旅行三昧したいという思いもないのね。というか、普通に生きながらそうするのがオーストラリアでは当たり前だったから。日本の常識とはまるで違う国。

でも私が今、やりたいことはあるんですよ。

それは日本でのロングステイ。(笑)

これは日本を脱出してから30年、ずーっと考えていたことだけれど、一度も実現していない。

日本人でありながら、実は日本のことを多くは知らないのに気がついたし、できることなら一ヶ月ぐらいずつ、地方を転々としてみたいと思う。四季を感じながら日本の伝統文化を確かめつつ、日本人独特の温情に触れつつ、そして美味しい海産物に囲まれて過ごしてみたい。

週に何度かは「釣りに出る」のも私の夢。ヨメさんはもしかしたら私より釣り好きで、ゴールドコースト時代は家の前で夜は酒を飲みながらほぼ毎日釣り糸を垂らしていたなんてこともありました。大きなクロダイやキス、マゴチとか簡単に釣れる、マッドクラブも仕掛けを投げ入れておけば捕り放題なのだけれど、一年中同じで飽きるのね。

やっぱり「そろそろイサキが美味しい時期だなぁ」なんてイサキを釣りに行くとか、釣り好きの楽しみってそこにあると思うわけです。釣り好きじゃないとこの感覚ってわからないかもしれないけれど、実は若い頃サイパンで「トローリングサービス+漁師」をやろうと思ったこともあるくらいで、海、そして釣り、美味しい魚があるだけで私は幸せになる。

でも飽きっぽい性格なのもわかっているから、ロングステイが良いと思う。(笑)

そういう生活が出来る地方都市に本拠地を構えて、海外旅行も含めて「行きたい時に行きたいところへ行く」のが一番幸せかもしてない。そもそも「海外生活そのものを楽しむ」という考え方は【今の私】には無い。「日本が一番良いに決まってるじゃん」と思う。歳を取れば尚更。

でも私にはまだやり残したことがあるわけで、もっと稼ぎたいし、稼いだお金でどうしてもやりたいことがある。だから今、マレーシアにいる。

本来は、マレーシアに居を構えて、やるべきことをやりつつ、「年に何度か日本でロングステイ」というのがベストなのかもしれない。

どちらにしても私には父や(独り者の)姉の将来を考える責任もあるし、好き勝手なことはできない。

またマレーシアに一緒に来た長男もこのままで良いとは思えない。私達の計画は「坂の上の雲」みたいなもので、「これにて完了」ということはあり得ないし。そして長男は今の生活を楽しみ、満足しているとは思えないし、彼は彼の「仕事、責任」としてマレーシアに住んでいるだけ。「終わりのない単身赴任」みたいなもので、これもあまりにも可愛そうだと思う。

どこかに折衷案はあるのか・・・・・。解決策はあるのか・・・。

新MM2Hの発表をキッカケに、また原点に返って考えてみようと思ってます。

私達が追っている「夢」って本来は追うべきではない夢なのかもしれない。そんな気がしています。そしてそういう状態を作ったのは私。ヨメさんも「マレーシアに行く」と決めた時から、ストレスが原因と言われる「乾癬」に罹って、人前に出るのも極端に嫌う引きこもりになったし。ヨメさんは最初から「マレーシア行きは反対」で、今まで一度もマレーシアに来てよかったと言ったこともない。

なんだか、私が原因で家族全員が不幸になって、でも「夢を追っている」と勘違いしているだけかもしれない。こうやって冷静に今の状況を考えてみると、「全く幸せには思えない」のがわかる。そしてそれにヨメさんも長男もつきあわされている。終わりのない海外赴任に着いてきちゃった、みたいな・・・。

「新MM2H」って、我々に「目を覚ませ」という見えない大きな存在の【救い】なのかもしれない。

しかし、ここまで個人的なことを書いちゃう私って本当におかしなやつだ・・・・

でも2021年8月15日。私がこんな事を考えていたのは書き留めておきたい。

 

 

     
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