「自分が感染している【つもり】」にならないとMCOも意味がないだろうなぁ

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MCO(movement control order)が4月14日まで2週間の延長ですか。

これで頭を抱えている人たちも多いと思うけれど、私としては大歓迎。

しかし

これで感染が抑えられるかと言うとなかなか難しいだろうと世界の報道やマレーシアの自分の周辺を見ていて思います。

理由は簡単。

みんな「他人事」だと思っているから。

つまり、「自分が感染しないと良いなぁ」とは思っていても、「自分が感染源になることを想定していない人がほとんど」だから。

MCOに従うのもそれは「規則」だからであって、自分はそうするべきだとは思っていないとか。

「外出禁止」になって何をしているかというと、「内輪でパーティ」「暇な人が集まってお茶、飲み会」「家族団らん」でしょ。世界中どこでも同じ。

これが「感染の元になる」とまで考えている人はかなり少ない印象を持ちました。

「私達は【まだ】感染していないのだから、大丈夫だよね。構わないよね」と思うんでしょう。

「潜伏期間が2週間近くはある」のを皆さん、忘れてるそれ以上、あるという専門家もいるのに。

「症状が出ていない自分、家族、友人」は「感染しているかもしれない」という想定が必要じゃないんですかね。

自分の身近で感染者が出た。死者が出た。気をつけようと思った時にはもう遅いかもしれない。

この想定がなければ、外出禁止にしたところで、「小さな集まりのグループは減らない」。そしてそこで感染が広まる危険性がある。

そもそも今までの感染の拡大だって「自分は大丈夫だ」と思っていたから広がったんじゃないんですかね。それで家族や友人知人、同僚に感染が広がった。

でももし「自分が感染している」「家族が感染している」のがわかったらどうしますかね。

家族の中でも「距離をおいて」「消毒もし、手洗いもし」ってなりますよね。食事も別々。ベッドも別々。家族団らんは我慢する。

「友人が感染」していても同じで、「暇だから酒でも飲もう」と誘うこともなければ、誘われても行かない。

でも「自分の周りには感染者はいない」前提で考えれば、そんなのは馬鹿げたことであり、心配しすぎとなる。

なぜ「潜伏期間中かもしれない」という想定をしないのか。

今までの感染例を見ても、あの宗教行事もそうだけれど、ライブハウス、ジム、病院などで感染が広まっているけれど、そこから二次感染、三次感染が広がっているじゃないですか。それは家庭であり職場であり、友人との団らん。

これを止めない限り、そこからまた外に広がっていく。それが今の現状じゃないんですかね。

でも「自分は感染しているかもしれない」という前提に立てば、行動は大きく変わる

「家族や友人も、今は【潜伏期間かもしれない】」と想定しても、行動は大きく変わる

私はこの想定が出来ない限り、感染は止まらないと思っています。

スーパーに買物に行って他の買い物客を見た時に、「この人は感染してないだろうな」なんて思うじゃないですか。

それって家族や友人知人、同僚だって同じじゃないですか。

でも感染していないから大丈夫?

発症していなくても感染者は感染を広がるから、このコロナウィルスってややこしいんじゃないですかね。

我が家?

もちろん「感染しているかもしれない」という想定で毎日を生きています。外出もしますし、いつどこでお土産をもらってくるか全くわかりませんから。

今日は、全く神経質じゃない息子が言い出しました。

「Grab Foodって大丈夫なんだろうか。ドライバーはマレー人みたいだけれど」

ですと。

部屋まで彼らは届けてくれるわけですが、「セキュリティのゲートで受け渡しをしたほうが良いのか?プラスチックバックや容器は大丈夫なのか」と。

そこまで気にするか?と私でさえ思うのだけれど、息子の危惧は決して的外れじゃない。

実際に「現金の受け渡しはしないでクレジットカードを使う」「ドライバーと2メートル以内に近寄らない」なんてことを推奨していたデリバリーサービスもあった覚えがあります。それは我々客じゃなくて、ドライバーだって我々との接触が怖いからでしょう。

ダボって本当に神経質だって思うでしょ?

でも「潜伏期間があって、その間でも感染は広がる」「家族、友人知人、同僚は感染しているかもしれない」という想定をしないからそこで感染が広がるんじゃないですかね。

「外に出た時は注意している」なんてのは当たり前過ぎて、それで感染の広がりを止められるくらいなら世界はこんな苦労をしないんじゃないですかね。

「マスクはいらない」議論がありますが、あれも私に言わせればチャンチャラおかしいわけですよ。

「マスクでウィルスを止められない」のは間違いがないでしょうが、「感染者は飛沫を飛ばさないためには必要」なのは世界共通。

でも「マスクはいらない」というのは「自分が感染している可能性を無視している」からじゃないですか?

こういう感染が広がった時って、個人も家庭も自治体も政府も【全て後手後手で動く】のが世界の常、じゃないですか。

今の状態を1ヶ月前に誰が予想できました?

ニュージーランドの首相が良いことを言っていました。

「Act like you have COVID-19」

つまり「自分が感染しているつもりで行動しろ」と。

私はこれが大正解だと思うし、「後手後手ではなくて、先手を取る」としたらそれしかない。

いやいやいや、俺は大丈夫。友人たちも気をつけているから大丈夫?

そういう慢心があるから、コロナウィルスは世界に蔓延したんじゃないんですか?

世界中で40万人以上の感染【確認】者が出ていますが、皆さん、「まさか」と思っているんじゃないですかね。

そして今、「私は大丈夫。助かった」と思いつつ普通の生活をしている【潜伏期間中】の人がごっそりいるんでしょう。

世界中で行われているMCO(movement control order)を皆がきっちり守るなら、「感染者のあぶり出し」ができるし、感染の広がりを最小限に抑えられるはず。でもこの程度では「家族間、親密な友人間の感染は止められない」はず。

「私は大丈夫」と皆の勘違いが続くようだったら、感染は止まらないはず。

武漢で何が行われていたかしっかり見ていた人がどれだけいるかわからないけれど、「ボランティアが各家庭を周り、住人をリストアップし、一人ひとりの健康状態を見、体温を計って歩いていた」のはこのブログでも動画を紹介しました。

そして感染が疑われる人は「強制連行」をした。

それでも隠れる人がいて、こんな事も起きた。

またこの動画には伏線がある。動画の中で「まず体温を計ったほうが・・」「熱が出ていたら報告できない」という部分。

この動画が撮影されたのは3月14日となっていますが、この時期はすでに習近平が各地方自治体に「2月末で終息させろ」と指示を出した後。そして3月になってからは感染者の【発表】数が激減し、これまた習近平が2月にメディアに「美談を出せ」と指示を出し、3月1日にはネットの規制、罰則を強化する法律が施行された後のこと。

各国の上層部、専門家は一体何が武漢で起きたのかはしっかり見ていたはずで、気を緩めれば同じことが起きるのを知っているはず。

でも多くの国民は、この恐ろしさを身近に感じ、その目で見ない限り「私は大丈夫」だと勘違いを続けるのかもしれませんね。

イタリアでも「老人施設が放置され、死体が転がっていた」なんてニュースがありましたが、こんなことが起きてから慌てても遅いことを考えない人が多すぎると思っています。

そして「嫌な話は聞きたくない。そんなニュースも見たくない」という心理が働くのも世界共通。

私が思う、「感染を止める方法」はたった一つ。

「自分が感染しているつもりで行動しろ」

ってことだけ。ニュージーランドの首相のこの注意喚起は素晴らしいと思いました。

マレーシアでも警察がこんなアナウンスを。

Still going out for no reason? Be prepared to be arrested

「用事もなく外出をすれば、逮捕されるのも覚悟しろ」というような意味。(ここをクリック)

これって「感染を広める【反社会的行動】と同じだ」ってことじゃないですかね。

 
 
 

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