トランプって「異常なのは間違いない」と思うのと同時に「大した男だ」と思いますわ。本当に彼が大統領で良かったと思う。
な~~んて書くと「世界は反トランプ」みたいで顰蹙を買いそうですが、イランとのやりとりも本当に大したもんだと思う。
でもアメリカでは「反政府デモ」が凄いことになっていて、ボストン、ニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィア、アトランタ、サンフランシスコなど米国各地でアメリカ史上最大級の反政府デモが行われたのね。800万人規模だという。「王様はいらない」「法律を守れ」と。
それも良くわかりますが、私にしてみれば「世界は、アメリカは非常事態にある」と思っていて、それなのに皆さん、随分、お気楽なことを言っていると思いますわ。
「人権を守れ」「戦争は駄目」というのもよーーくわかるけれど、そういう平和を壊そうとする相手がいる場合、正攻法のやり方で解決が着くとは私には思えない。今までも解決できなくて、「テロは多発」し、「国民の生命も何度も危険にさらされてきた」のに、じゃぁどうしろというのかと思う。挙句の果てに「核装備」が完成となったら世界はどうなると考えているのかと思う。
相手がヤクザならそれなりの対応が必要だと私は思う。
日本のヤクザ撲滅も同じで、良くぞ今のように反社を減らせたと感心するぐらい。その変わり、反社からみれば「人権無視」「人間扱いされない」事が起きたわけで、だからこそ「反社は生きていけない状態」になったということでしかない。ではこれまでに「ヤクザの人権を守れ」と大きなデモでもやったことがあるのかっつーの。
「ヤクザを撲滅するためには強硬手段もやむを得ず」という日本の世論が一致したから、「ヤクザの人権なんか無いのも同じ」「人間扱いしないのもOK」となって、彼らは生きるのが難しくなって減っていっただけのことじゃない?
私は「昔の警察」を思い出すんですが、捜査4課が「マル暴」と呼ばれ組織犯罪対策専門だったわけですが、私から見ると彼らとヤクザと「違いがまるでわからなかった」ぐらいなんですよ。新橋は昔からヤクザは多くてマル暴と飲食店も繋がりがありましたが、本当に怖い人達だったし、でもそれじゃないとヤクザの取り締まりなんかできないのはよくわかりました。新橋では「ヤクザ同士の抗争」って知らないのだけれど、戦後、闇市も巨大で新橋には「怖い三国人」も多くいた。我が家の裏路地で人が殺されていたなんてこともあるくらいで、「法律だ~~~」「人権だ~~~」なんてのは「9条を守っていれば大丈夫」「反戦デモをすれば平和」というのと同じで、そういうのは「現実」を知らない人達で、そして「自分で問題を解決しようとしたことがない人達」なんじゃない?だから「理想論ばかり言う」。
そういう意味ではこの20年ぐらいの警察って「徹底的にヤクザを追い詰めた」し、「ヤクザの人権」なんか無しで、そうすることが必要だったし、ヤクザと繋がりがあるだけでも一般人までやり玉に上がった。だからどうしたってヤクザは生きていけないし、勢力はどんどん弱まっていった。
私はそれと「イラン戦争」が全く同じに思えるんですよ。
「国際法じゃ、人権じゃ」と理想論ばかり言って、一体何が解決できたのか。北朝鮮も同じじゃないですか。強硬手段は全く取らなかった、取れなかったから「数多くの日本国民が拉致」されても救えないし、殺された日本人も多いのに何も出来ない。そして【核装備】まで許してしまった。
イランは大国で経済も大きく、技術力もあり、それがテロ国家、テロ支援国家であり、長距離ミサイルを持ち、近隣の仲間には武器と資金を与え、小競り合いは止まらないし、そして「核装備をしようとしている」のを放置するなんて私には全く理解できない。
自分が住む近所にヤクザが住んでいたら内心穏やかではありませんが、もし彼らが露骨に私達を名指しで「やっつけようとしている」のがはっきりしたらどうしますかね。そしてその準備を着々と進めているのがわかったら?
彼らが何を信じ、どんな国を作ろうが勝手だけれど、「イスラエルに死を、アメリカに死を」という【国是】を持っているのはどうすりゃよいんですかね。「いつの日にかイスラエルもアメリカも地球上から消してやる」と公言し、実際にテロ行為もする国に対して何をすれば良い?
そりゃ「トランプは国際法を守れ」「戦争はやめろ」というのもわかるけれど、じゃぁ、なぜ同じことをイランに言わないのか。
「超法規的なことを認めてはならない」のはわかるけれど、それって日本がヤクザを追い詰めたのも「超法規的な法律」を作って追い詰めたわけで、それなら法律の範囲だから問題ないとするとしたら、あまりにもご都合主義じゃないかと思う。
ま、世界を見渡しても、また歴史を見ても「国際法なんて守られているのか?」と思うことばかりで、私はアメリカの原爆投下も東京大空襲も許せないと思うし、それらは間違いのない国際法違反、戦争犯罪だけれど、「アメリカがやらざるを得なかった」部分もあると思う。原爆も民間人の大虐殺という意味では同じの「無差別爆撃」も、もしアメリカがそれを躊躇していたら【本土決戦】でもっと多くの都市が焼かれ、半端じゃない数の民間人も死んだだろうと思っています。なんせ「女子供でも竹槍を持って戦え」と日本政府は指導・奨励していたわけで、その気になっていた、もうやるしかないと考えていた日本国民も多かったかも知れない。
だから「法律を守りましょう」というのは、私は「平穏時に、その平穏を守るための考え方」であって、もしも自分の平和な家庭に暴漢が突然襲って入ってきて、家族を殺すようなことがあれば、私は法律なんて完全に無視して「その暴漢を倒すことを最優先する」と思いますもの。もし私が「銃」を持っていたら、躊躇無くそれを使って暴漢を倒すし、「包丁しか無い」とすれば私はそれを使うし、暴漢が武器を持っていたとしても、そして私がそれで怪我をしても私は暴漢を確実に倒すことを優先するし、それで私が罪を問われても構わないのであって、「私は法律を守りました。でも家族を見殺しにすることになりました」なんてことよりは何百倍も良いと考えます。
私はイラン戦争もそれと同じだと思うんですよ。
トランプには「北朝鮮には失敗した」という負い目があるだろうし、「ベネズエラではうまく行った」という成功体験もあって、どちらにしても「イランをもう放置できない」という【信念】を感じるし、世界中からの批判を一身で浴びて、「でも問題は解決する」という意志は大したもんだと思う。
ホルムズ海峡の船舶通過に関し、イランは通行料を取ると言い出した時に、トランプは「アメリカも通行料を取る」と言い出しましたよね。
それに対し、世界はトランプをバカにして「何をフザケたことを言っているのだ」と批判の嵐だった。
でも私は「流石トランプ」だと思ったんですよ。トランプ批判をする連中は「考えが浅い、トランプの真意が全く理解できていない」と思った。
そもそもイランがホルムズ海峡を通過する船舶に通行料を課すなんてのは「許されることじゃない」のは当たり前で、でもそれをすると言い出したイランに、世界はどうするべきだったんですかね。「国際法違反だ」と言いつつ「1バレル1ドルなら支払っても良いんじゃないか」なんて考えた国や国民は多いはず。
でもトランプは絶対にそれを許すまいと考えていたはずで、だから「アメリカにも払え」と言い出した。
アメリカまでそんなことを言い出したら「世界は認めない」と大騒ぎになるし、もしアメリカも取るとなると「イランと折半なり、イランと共同で課金をコントロールすることになる」じゃないですか。つまり「イランの好きなようにはさせない」という意味で「トランプがアメリカも一枚噛ませろ」と言ったわけで、イランとしては「ではそうしましょう」なんて絶対に言えない。だって「イランだけの権利だと信じている」のだから、アメリカと組むのはそれを自ら否定することになるし、下手をすれば「共同で課金なんて始めたら、アメリカに主導権を奪われる可能性も大きい」。そしてそれをしたら「イランの船舶はうまく誤魔化してホルムズ海峡を通過していた」「イランの原油は中国に渡していた」のもしっかりバレちゃうじゃないですか。だから「アメリカが課金する」なんてのに一番驚いたのが中国かも知れず、今まで「安値で原油を買っていた」のも白日の下に晒されるし、それは「課金制度」が出来れば、その恩恵はなくなるし、イランにしてみれば「制裁逃れ」がはっきりしてしまう。
またアメリカが課金システムに乗ると、中国が原油を手に入れるのと同時に、イランにミサイル燃料や「携帯型の地対空ミサイル(アメリカのF15Eを撃ち落としたのはそれかもしれないと言われている)」を中国が送り込んでいたとしたら、アメリカはその証拠を握れる立場になってしまう。
つまり、「イランに課金なんて絶対に駄目だ。やらせない」のをわからすためには「アメリカも一口乗せてくれ~」というトランプの一言で解決しちゃうということ。
どうして世界はそういうトランプの真意、作戦を読めないのかと思う。トランプはこんな時にでも儲けようとするとか、異常だとか批判する人達は本当にわかってないなぁと思いましたっけ。
でもトランプって怖い人だと思う。何を言い出すか、何をしだすかがわからないから、ああいう社長のいる会社では絶対に働きたくないし、トランプが取引先だったら「赤子の手をひねる」ように私なんかうまい具合にやられてしまうと思う。あのトランプの「おだて方」は異常だし、そして「お前、俺の言うことを聞かないとどうなるかわかってるよな?」という脅しは本当に怖いと思う。彼なら本気でやると思うから。
本当に「絶対にトランプみたいな人間には近寄りたくもない」と思うものの、トランプを遠くから見ていると「彼の真意」ってところどころで見えてきて、それを原点として彼の言動を見ていると「なるほど、そう来るか」というのも理解できるのね。良くぞそこまで考えていると感心することが多い。
でも「彼は何も考えていない」という専門家も多いわけで(笑)、使えるカードをとりあえず並べて見せて「相手の反応」を見ながら、何をするのかを決めているのだろうと思うし、トランプが凄いと思うのは「相手が見せたブラフを見抜く力がある」というか、「相手が持っているカードをしっかり把握する能力がある」と感じるんですよ。でもま、それはトランプが凄いと言うより、彼を支えるスタッフの凄さだろうとは思いますが、私は今のところ、「イランはトランプの手のひらの上で踊らされている」と感じています。
イランとの協議に戻るかも知れないけれど、やっぱり「焦点は核開発」だと思うし、ここでトランプは絶対に妥協しないと思うなぁ。妥協したら「何のためにイラン攻撃を始めたのか」となるし、また「なんだ、トランプが反対していたオバマの合意と同じじゃないか」とバカにされると思う。
それとも世の中の大多数は「停戦万歳~~~♬」「これでガソリン価格も下がる~~~♬」と大喜びになるのか。
アメリカのデモの言い分を見ても「王様はいらない」「戦争はやめろ」「ガソリンの値上がりはどうするんだ」というところしか私には伝わってこない。
そこが私には理解できないところで、ではトランプが「イラン君、おてて繋いで仲良くしましょう。今までごめんね。ホルムズ海峡は問題なく通してね。核開発はできたらやめてくれると嬉しいなぁ」と言い出せばそれで良いんですかね。
私は、トランプは妥協するフリはしても、とことんイランを追い詰めるつもりだと思っています。たとえ世界が、アメリカ国民が大反対しても。
しかし報道特集を見ていても「いつ戦争が終わるのか」に皆が焦点を当てていて、それは「石油が心配」だからなのはわかりますが、私にはピントがズレているように感じます。いや、私のピントがズレているんでしょうが、「戦争はいつ終わるのか」以上に大事なことがイランにもアメリカにもあるはずで、それは「どちらが勝つのか」「どういう勝敗になるのか」「どういう条件がつくのか」だと思うのです。
生活者目線では「戦争は駄目。早く終えるべき」でしょうし、「ガソリン価格はどうなる?インフレは?」とそこが心配なのはわかりますが、「戦争の当事者」が心配なのはそこじゃないはずなのに、戦争を始めたのはトランプですから「トランプ批判に方向が向いている」のを感じます。
でも大事なのは「誰が戦争を始めたのか」でもなくて、「どちらがどう勝つのか。どう負けるのか。どういう条件で停戦するのか」だけだと私は思うわけです。また「勝敗が重要」であって「いつ終わるのか」はどうでも良いとは思わないものの「戦争目的が達成されない限り戦争は続ける」と考えるのが当事者なはず。もちろん世論や経済の影響も無視はできないものの、【戦争は、戦争の目的を達成するために戦っている】のを皆が忘れているように感じます。だから「早く戦争はやめろ」なんてのは的外れどころじゃない頓珍漢な考え方だと思う。
この考え方って、言葉を変えれば「戦争さえしなければどうでも良い」ということでもある。それは実は簡単なことで「相手の要求を飲めば瞬時に終わる」わけで、【それでも良いのか?】と私はいつも戦争反対派の意見を聞いていると思うのです。ま、日本の場合は「恐ろしい侵略者に国を盗られ、家族は皆殺し」とか「一家バラバラ、女性は皆、売り飛ばされた。財産もすべて取られた」なんてことを経験したことがないから、「早く終われば良い」と考えてしまいがちだと思いますが、世界の歴史を見れば、「負けるととんでもないことになる」のを経験している民族が大半で、だからこそウクライナもどれほど劣勢だとしても「戦うことを止めない」のでしょう。
トランプもイランも「長引くとうまくない」のは同じだけれど、「どうやって自国に有利な形で終わらせるか」が何よりも重要だと考えているはず。
私が知っているペルシャ人のプライド、選民意識は半端じゃなくて、中国の中華思想と似ているところがあると思う。またイスラム教が大いに関係していて、「負けを簡単に受け入れることはない」のは間違いがないと思う。これはイスラエルも同じで、「数千年に渡る思いの蓄積」があるからそう簡単には諦めないし、「自国の存立を守るため」には何でもしてきた人達。
そして「自分たちの日がいつか来る」のは彼らの神の教えの中にあるわけで、だから私にはそう簡単にこの戦争が終わるとは思えないんですよ。言葉を変えれば「チャンスは逃さない」というべきか。だから「将来的にまたチャンスは来る」と考えれば「今、手を引くこともありうる」かもしれない。
さてさて、日本はどうするべきかのか。
これに関しては私にはまったくわからなくて、アメリカと日本は「ジャイアンとのび太の関係」だと思っていて、のび太は「ジャイアンの庇護がないと生きていけない」とするなら、「ジャイアンの子分として生きる」しかないと思うし、ジャイアンと手を切る勇気も力ものび太には無いと思う。
そういう意味では「憲法9条を堅持する」のもアリかも知れない。「改憲すべきとあるべき論」ばかり言っても仕方がなくて、そういう意味では「憲法9条」は「たまたま手に入れた世界が認める免罪符」みたいなもので、【それをとことん使いこなす】というのも一つの手かもしれないと思う今日このごろ。「改憲すべきか?」という議論なら「改憲すべき」だとは思うけれど、「たまたま手に入れた免罪符を捨てるべきか?」となれば、「使える時には使うほうが賢い」のかもしれない。そして「その免罪符を持ったまま」で、日本が行動を起こしたい時には起こせるような論理の構築が重要で、「この免罪符の使用条件を絶対に守らなければならない」としたら、【自らを縛り付けるだけの免罪符】に終わると思う。
「憲法9条2.0」みたいな考え方、使い方もあるような気がしてならないわけです。つまり、「日本は日本の意思で動ける状態」にしつつ、「お前、手伝え」と言われた時には「その免罪符を出せる」ような状態が作れるかも知れない。そりゃ「卑怯者」だと言われるかも知れないけれど、それがまさに「免罪符」であって、それは「アメリカがくれたもの」なのは未来永劫変わらない事実なのは世界が知っていること。
もし日本が憲法9条を捨てて「普通の国」になったら、「日本はアメリカにとって使い勝手の良い国」になるような気がしてなりません。
実はオーストラリアとアメリカってそういう関係にあったと思うことが何度もあって、オーストラリアはあの広大な国土をオーストラリアだけでは守ることは出来ず、アメリカと親密な同盟関係にある。だから「アメリカが動く時」に「オーストラリアはいつも着いていく」みたいなところがあって、それどころか、アメリカが「さてと・・、どうしようか」と考えている時に、オーストラリアが真っ先に手を上げて「アニキ、俺が行きます」という感じがあった。
オーストラリアって歴史的には大きいだけの貧しく力もない国で、太平洋戦争時にも「アメリカにうまく使われた」ようなことがあったらしい。世界初の原爆実験の時にも多くのオーストラリア兵が動員されたり(何のため?)。それはかつてのイギリス軍の傘下に入っていた「インド人部隊」ほど悲惨じゃなかったみたいだけれど、「使いやすい仲間を先に使う」のは世界の常識かもしれない。私の叔父は日系二世で「進駐軍」として日本に来て、それで叔母と知り合って結婚したのだけれど、叔父は【戦闘時には黒人兵達が弾除けに使われる】ようなことを言っていましたっけ。ベトナム戦争も同じだったと。太平洋戦争時に日本軍はすぐにマレー半島に上陸し、イギリス軍と戦いながら南下しシンガポールをすぐに奪取したけれど、「イギリス軍」とは「多くはインド人の部隊」であったのを知らない人も多い。
憲法9条も捨てて「日本が普通の国になった」としたら、アメリカが「日本よ、どうも有難う。これでアメリカと日本は対等の関係だ」なんていうわけもなく、【今まで何もしなかった分、しっかりやってくれよ】なんて言われそう。
「喧嘩、戦い、戦争」も無い方が良いに決まっている。平和を願うのは世界の思いなのも同じ。でも「その平和を得るために戦争をしている」という現実をみることも重要で、「戦うことを放棄する」「戦いに負ける」事が起きるとどうなるかは【世界の歴史を見れば明らか】じゃないんですかね。私はメキシコやブラジルを考えるとゾッとするんですよ。なぜメキシコが関係ないスペイン語を話し、ブラジルはポルトガル語なのかと。それは「文化」も同じで、「スペイン人との混血が非常に多い」し、「現地人はどうなったのか」と思う。それはフィリピンもグアムも同じ。そして今、チベットやウイグルも同じ運命にあるのをどう考えるか。
太平洋戦争後に一度、日本軍が追い払ったオランダ軍がインドネシアに戻ってきて、彼らと戦って独立できたインドネシア人が言った言葉。「あの戦争は、そもそも私達インドネシア人が戦うべき戦争だったのです」と。そして「絶対に勝てないと信じていた欧米軍を蹴散らした日本軍を見て、私達にも出来ると勇気をもらった」と。そして独立戦争には「敗戦した日本軍の多くがインドネシアに留まり、インドネシア人たちと共に戦った」のは有名な話。
戦争は恐ろしい。でもその一点だけを重視して「戦うことを放棄したらどうなるのか」。ウクライナにも「チベットやウイグルと同じ様に戦うべきではない」と言える人がどれだけいるんだろうか。【ジェノサイド、民族浄化はすでに起きている】じゃないですか。話し合いで解決しないから戦う決心をするんじゃないですかね。それでも「戦うな」というのは【何が起きてもそれを受け入れろ】という意味だけれど、本当にそれで良いのだろうか。
私は、それは「仕事、お金儲け」も同じだと思っていて、家族、一族、同胞を守るつもりで戦っているつもり。「お金があれば良いね~」なんて生易しいもんじゃないと思っています。
どんな企業も同じじゃないですかね。「投資やトレード」も同じ。「独立や新事業」も同じ。皆さん、とんでもない覚悟と努力を惜しまず戦っている世界で、「自分もやればどうにかなると思ったんだよね~」なんて人が勝ち組に残れるような世界じゃないと思う。
そして、そういう「夢見る人達」「努力を嫌う人達」からお金を儲ける業種ってきっちり確立していて、詐欺も同じ。日本のSNS関連投資詐欺の被害が2025年に1200億円を超えたそう。一体どうすれば良いんでしょうか。
私は「勝利とは、自らが戦って勝ち取るべきもの」だと思っています。生半可な覚悟、努力もさほどしない、他人任せで【勝てること】って世の中にあるのか?と思う。



