かつてマレーシアは「日本人が移住したい国のトップ」を長年続けていましたが、ビザの改変もあってマレーシア人気は落ちてしまった。でも今では「留学移住」で注目されているし、「優遇税制」を目当てにマレーシアに渡る人も増えている。ま、そこは我が家がマレーシアに来た理由でもある。
では実際に「移住人数が多い国」を見ると、「人気」とは全く関係なくて、というか「選ぶ基準が違う」のだと思う。
現状がわかる動画があった。海外移住も「流行り廃りがある」し、今後も海外を目指す人達は多いと思うし、また「乗り換え」もあるだろうし、こういう動画は参考になる。ただ、年齢や家族構成、仕事が大いに関係があって、それの違いで「ベストな国は変わる」んだろうと思う。
我が家は日本からオーストラリアに1991年に「永住権を取得して渡った」のだけれど(私38歳、ヨメさん32歳、長男3歳、次男1歳)、まさに「骨をオーストラリアに埋める」つもりで渡ったし、今でも「大正解だった」と思っています。ただ子どもたちも大人になり、年寄り二人だけの生活になってから「オーストラリアを出ようか」と考えるようになった。
これも不思議なもので、「オーストラリア移住ブーム」は過去に何度かあったけれど、それは「老後をオーストラリアで過ごす」というのが中心。でも私達は「歳を取ってからオーストラリアを出よう」と思うようになった。それはやっぱり「異常なほどの物価高騰の速さと税金の高さ」ですね。そのまま夫婦でオーストラリアで住むことも可能でしたが、「このまま枯れて消えていくのか・・」と思った時に「いや、まだまだこれからだ」という気持ちが湧いてきたのね。年齢的に「老後を生きる」というのにはまだ若くて、「次のステージに挑戦してみたい」という気持ちが抑えられなかったし、そうすることが子どもたちのためにもなると思ったから。
ということで「優遇税制があり、物価はメチャクチャ安いマレーシア」に渡ることを決めたのが2008年。でもリーマンショックの波に飲み込まれ、動くに動けず、MM2Hビザを取ったものの、マレーシアに実際に渡ったのは2016年。
マレーシアにどうしても住みたくてマレーシアに来たのとはちょっと違うのだけれど、マレーシアに来たのはやっぱり大正解で「ここで住み続けるのは無理」と思ったこともなく、マレーシアの良さは十分享受できたと思う。
かつては「物価は日本の3分の1」と言われていて、そう思ったときも多いのだけれど、すぐに「そこまで安くないね」と思うようになってきたし、最近は私達も年寄りになって「食生活は日本食が一番」という風に変わってきて、「マレーシアの物価は決して安くない」と思うようになったし、この1,2年はマレーシアの全体的な物価も上がって【日本のほうが生活費は間違いなく安い】と思うようになってきた。
それは「和食の高さ」であり、それは「家食でも同じ」で、つまり「欲しい素材を手に入れるのは難しく、非常に高い」ということ。でも単に「和食ならOK」だとすれば、米も味噌醤油も「基本的なもの」は何でも安く手に入るのは間違いない。でも「日本と比べると天国と地獄の違い」があると思う。
そして歳を取ると必ず問題になる「医療費」ですね。まず「保険の問題」があって、マレーシアでは「年寄りは保険に入れない」し、日本の「海外旅行者保険」を使っても【どんどん保険料の値上がりが続いた】のね。そして保険料だけで「夫婦で年間200万円を超える」レベルになってきたし、その保険は「持病には使えない」「同じ疾病では複数回使えない」「有効なのは180日間」ということもあって、はっきり言えば「障害保険としてはOK」だけれど「疾病保険としては使えない」と言って良い。つまり「保険はあるのに自己負担になるケース」が増えてきて、なおかつ、私立病院の治療費は「日本より高額」で、今までに「日本に帰って、自己負担で二度の入院治療をした」なんてこともある。
まぁ、海外移住じゃ、海外生活じゃなんてのも「元気で若い内の夢でしか無い」と思うようになった。(笑)
でもオーストラリアには一生住むこともまだ可能で、オーストラリアは社会保障も分厚く、医療・保険関係には問題はなく、「最後の住まいはオーストラリア」という選択肢もまだあるのだけれど、子どもたちはオーストラリアに住み続けるにしても、私がいなくなった後に「ヨメさんがオーストラリアで最後まで住めるか」と考えると【不可能】だと思うし、やっぱり【日本に戻るしか無い】のかと思ったり。
でもま、若い内は若いなり、子育てが中心ならそれにベストな国もあるし、また終わりは終わりで選ぶべき国も変わってくるのは仕方のないことで、「そういう選択肢がある」ことを喜ぶべきなのだろうと思う。
でも私は「永住権」を非常に重視していて、「永住権を持たない移住」は【長期旅行と何も変わらないのが現実】だと思っていて、自分たち以上に【子供がいる場合には特に永住権に拘るべき】だと思う。
子供って「育った場所を故郷と思う」傾向があって、でも永住権がなければ「いつかその大好きな故郷を出ていかなくてはならないことが起きる」わけで、これは「国選びも重要」なのと同時に「子どもたちのためにも永住権は必ず取るべき」だと思う。そうじゃなければ、まず子どもたちが成人した時に「海外に出るしか無い」事が起きてしまう。何でも取れるビザを取れば良いなんてのは私は「親の責任の放棄」だと思う。
だって、私達が日本で生まれ育って、日本で生きていこうと思うのに、「成人後、日本を出なければならない」「何らかのビザをとらなければならない」ことを想像してみればすぐに分かるはず。そういう「とんでもないこと」が海外では永住権がなければ起きてしまうし、何らかのビザを取ったところで、ビザの維持・更新、社会保障の問題は「非常に大きな問題として一生つきまとう」のだから。ちょっと「歯車が噛み合わない」だけで、「国外に出なければならない」なんて「その国に育ち、その国に馴染み、その国を愛する子供」にとっては大惨事でしょう。
じゃぁ、「お金で永住権が買える国の永住権を取ろうか」なんて人も多いみたいだけれど、本当にその国に住み続けても良いと考えるならよいにしても、「永住権のために永住権を取る」なんてあまりにもバカげていると思う。そんな将来設計は簡単に破綻すると私は思う。
でも「永住権を取るのは簡単ではない」とするなら、「いつか必ず日本に帰るという前提で子どもたちを育てる必要がある」し、「家族全員の生き方もそれを前提にする必要がある」はず。
我が家の場合は「実際に日本に帰らなければならない状況」になるかもしれないし、「日本の勉強に遅れて欲しくない」ので、「毎週土曜日は日本語補習校(日本人学校な無かった)に通わせた」し、子どもたちには「いつ日本に帰らなればならないかわからないから、しっかり日本に追いつける勉強はしろ」と育てました。子どもたちは日本語補習校が大好きで毎週楽しみにしていましたが、中には「どうしてオーストラリアに住んでいるのに日本語の勉強をしなければならないのか」と文句を言う子どもたちは多いと聞いたし、実際に「現地校の勉強も難しくなってくる」時に「日本語補習校を止める子供は多かった」のね。また後に「日本語の勉強は難しい」ということで「学年を下げた教科書を使うようになった」と聞く。ま、この辺は「永住者と海外赴任者」の違いがあって、永住者の場合は「とりあえず日本語の勉強ができれば十分」と考える家庭も多く、「学校の方針」を決める話し合いで「二派に分かれる」ことは間違いなくあったのを思い出します。
でもま、「望むことに反して日本に帰らなければならない」時が来ても、「その時はその時さ」と考えて「今を楽しく生きる」のも良いとは思うけれど、【永住権がない場合」は間違いなく【問題の先送り】でしかないわけで、いつか必ず壁にぶち当たることは忘れるべきじゃないと思う。
そういう意味じゃ「老後を海外で過ごす」なんて最高だと思う。いつか帰るのだし、そこに住み続ける必要もなく、「イヤになればいつでも帰れば良いだけ」だし、ローカルのコミュニティーに入る必要も義務もなくて、毎日好きに生きれば良いのだから。
でも我が家は「家族主義」だから、「夫婦の老後を楽しく過ごすにはどうするか」という発想は今でもない。それどころか、「子どもたちにとって私達夫婦はどの国でどう生きるのがベストか」という考え方をしてしまう。
結局は、「所詮、浮草と同じ」ってことでしょうか。「こうありたい」という願望はあまり無いし、どうでも良いと言えばどうでも良い。(笑)
「子どもたちに迷惑をかけたくない」という思いが非常に強くて、「自分は、子どもたち、子孫が生きるための良き肥料でありたい」って感じかな~。
もし今、再び30代に戻れるとしたらどう考えるか。
また同じ道を辿ろうと思う。オーストラリアにしてもマレーシアにしても、本当に良い国だと思う。そんな出会いがあった人生は本当にラッキーだった。
男児立志出郷関
学若無成不復還
埋骨何期墳墓地
人間到処有青山
男児志を立てて郷関を出づ
学もし成る無くんば死すとも還らず
骨を埋むる豈に惟だに墳墓の地のみならんや
人間到る処に青山(墓)有り






