アメリカも日本も「メディアは【左派リベラル】が牛耳っている」と言っても良いと私は思っているんですが、これが大きく「保守系」に変わっていくかもしれないというニュース。
何と言っても「CNN」が有名で、CNNはトランプの天敵と言っても良いくらいですが、9月にCNNは【パラマウント】に買収されたらしい。そしてパラマウントはその前に「CBS」も買収した。
で、この「パラマウント」は「保守系」でトランプとの大の仲良し。
すでに買収されたCBSも組織の改変が進んだり、有名な左派記者が異動になったり会社を辞めたり。
これと同じ事がすぐにCNNにも起きるだろうと言われていて、有名な記者や番組を持っているアンカーたちは戦々恐々としているらしい。
CNNとかCBSって世界的に有名なメディアで、日本でも彼らの報道が引用されることが多く、当然、「彼らの主張することが世界の潮流」というふうに視聴者は考えてしまうし、それを日本のメディアも狙って利用するわけだけれど、ここに「変化が起きる」かもしれない。
CNNと提携している日本のメディアは「テレビ朝日」で独占契約をしていると。そしてCBSは「TBS」なわけで、この二局は報道、討論番組を見ても「左派リベラル」であるのがはっきりわかる。そして彼らは「アメリカ、世界ではこう報道され、こう考えられている」とCNNやCBSを使ってきた。
どうなりますかね~~。
これって日本で言えば「テレビ朝日」「TBS」も「アパホテルグループに入った」ようなもんで(笑)、「中立を守る」という立場はそのままでしょうが、内容は変わってくるんじゃないですかね。そしてそれは当然、日本にも影響が出る。
そのへんの詳しい情報はここから。当然これは「長谷川幸洋氏の個人的な見方」でしかない。
また私が面白いと思ったのは「トランプと習近平会談」で、トランプは習近平を厚遇して「仲の良さ」が演出された会談だけれど、「何か重要なことが話されたか?」というと【それはない】と私は思ったし、習近平にしてみれば「台湾」に関してトランプの【意志をはっきりさせて欲しい】という思惑があったのは間違いないだろうけれど、「習近平が好きに喋っただけ」で「トランプは何も答えなかった」という非常に面白いやり取りだったとおもう。この「はっきり答えない」というのが【素晴らしいメッセージ】だったんじゃないかと。
そして米中首脳会談という大舞台なのに、両国による包括的な「共同声明」は発表されなかった。つまり、なんてことのない会談でしかなかったと思う。また「中国に嬉しい内容があった」とするなら、中国の新聞がガンガン書き立てるはずだけれど「それもない」ということから、どういう会談だったのかが想像できる。
ここで面白い動画を見つけました。
会談では「米中の対立はない」という雰囲気でしたが、習近平を迎えたトランプが【どういう風に習近平を迎えたのか】が非常に興味深くて、表面的には和やかだったけれど、習近平にしてみれば「トランプの野郎、ぶっ殺してやる」ぐらいにハラワタは煮えくり返っていたんじゃなかろうか。ただこの内容の真偽はチェックしていません。
また高市氏が「国連総会」に出席するのに、政府専用機で羽田空港を出発しジョン・F・ケネディ国際空港に到着したわけですが、タラップを降りる時に「誰もいないのに大きく手を振った」ことに【なにやってんだ?パフォーマンスか?】【恥ずかしい】と突っ込みが殺到しましたよね。
私はこの反応にがっかりしたんですよ。
誰もいないところで手を振ったり、深々と頭を下げたりってしたこともなければ、そうしようと思ったことさえない人が多いのに驚いたって感じでしょうか。
私でさえ、「大きな志を持って海外に出る」時には、日本を経つ時に「日本に手を合わせる」「頭を下げる」なんてことを何度もやったことがあるし、行く先でも同じで、昔「始めてアメリカ本土に渡った時」も「マレーシアに始めて来た時、居を移すために来た時」も私は「頭を下げた」んですよ。それは「期待」であり「出会いに感謝」であり、「よろしくお願いします」であり、あああ、それは「家族4人で始めてオーストラリアの地を踏んだ時」も同じでしたっけ。というか、オーストラリアに着いた時は「頭を下げる」というより「バンザイをしたい」という感じだったかな。
「高市氏は手を振った」わけだけれど、私とは性格が違うから行動も違うだけで、でも彼女の気持ちは非常に良くわかるのね。
ま、高市氏はパフォーマンスをする、言うという「クセ」があるのは間違いがないにしろ、仏頂面をしたり格好つける人たちより、私は彼女の「気持ち」が伝わってきて、良いと思ったくらい。
ま、ひとそれぞれだけど、高市氏の手振りに「恥ずかしい」と思った人が多かったのには、日本も変わってしまったんだみたいなものを感じています。
というか、「旅、移動」ってのが簡単な時代になって、渋谷に買い物に行った時に「渋谷という存在に頭を下げたり手を振ったりする人はいない」のと同じような感覚なんでしょうね。
そういう意味ではやっぱり私は古いのだろうと思う。
旅って私には「武士が出陣する」「戦地に到着する」みたいな【重み】をいつも感じるんですよ。ま、「観光旅行」は別ですが。
近年は日本に一時帰国することも減ってきたけれど、いつも入国時、出国時には「気持ちは同じ」。
この詩の感覚がいつもある。
男児立志出郷関
学若無成不復還
埋骨何期墳墓地
人間到処有青山
男児志を立てて郷関を出づ
学もし成る無くんば死すとも還らず
骨を埋むる豈に惟だに墳墓の地のみならんや
人間到る処に青山(墓)有り
高市氏も「日本男児」だから(笑)、同じじゃないかと思ったり。







