正論を言っているように見える「狡いリベラル」

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私は自称保守系です。それも真ん中のつもり。(笑)

左翼というかリベラルというか、まぁ、おかしなことをいう人達が多いと感じているのだけれど、私は「もしかしたら自分がおかしいのかもしれない」と常に思っていて、リベラルの話もちゃんと聞こうと思うんですよ。

でもなかなかネットの中にはこれぞというのがなくて、それでも見ているのはユーチューブのvideonewscomというチャンネル。

私は今回の放送法に関する高市早苗総務大臣の答弁を盾にとって「【表現の自由】に圧力を加える安倍政権」という左派の物言いにはまた始まった・・と見ているのですが、私が一目置いているこのリベラルの番組でその件を扱ったので、どういう事を言うのか楽しみにしてみてみました。

私が感じたのは「この人達は論理のすり替えをしている」ということ。

言っていることは至極まとも。言論の自由がいかに大事かという点では私は一切反論もないどころか、その通りだと思う。

でも彼らはその理屈を「放送」の中にも持ってきている。ここがずるい所。

放送では言論の自由は制限されていて、局が、あるいは担当者が好きなことを言って良いようにはなっていない。放送という特定の企業や組織のみが放送する権利を与えられていて、その代わり「公平であること」が義務付けられている世界においては、おれは右派だ左派だということがあってはならない。偏ってはならない。

だからもし時の政府が「この放送、あるいは放送局は偏っている」と判断した場合、それを是正しろというのは当たり前で、いうことを聞かない場合は放送法に則って処罰をするのが当たり前。最悪の場合は電波の利用権は取り上げられる。

これは安倍政権だからということではなくて、たとえ共産党が政権をとっても同じで、放送が右だろうと左だろうと偏っていたらそれは法律違反。

この法律のことを時の大臣が聞かれれば同じような答弁をするのは自民党に限らず、過去の民主党も同じ。そういう法律なのだから。

それなのに「安倍政権の正体がわかった」ような言い方って、この誰でも同じ答えをすることを知っていながら、安倍政権の悪いところを暴露するように使うって私に言わせれば卑怯以外の何物でもない。

表現の自由、言論の自由に焦点を合わせて論じれば、誰でもそれが大事なことはわかる。でも「安倍政権はそれを壊そうとしている」という方向へ誘導しようとするのはどんなもんか?

彼らが議論するべきことは、アメリカのように「言論の自由」「表現の自由」を重視して、「放送法を改正するべき」だという方向で議論するべきでしょう。「公平であること」を事業者の義務から外せば、好きなように右だろうが左だろうが傾いた放送をしても良い事になる。これは新聞や雑誌はすでにそうなっているわけだけれど、放送の場合は違う。

この「放送の場合」は特殊であるということを一般の人達が知らないケースが多いことを利用した、安倍政権叩きのプロパガンダに見えるわけですよ。放送も新聞も雑誌も全て一緒にして「言論の自由」「表現の自由」を論じるのは、私に言わせれば卑怯極まりない。こういう論調を取るのは朝日や毎日も同じ。そしてどういう答えが返ってくるかわかっていながら、そこを突いて騒ごうという作戦を持っていたであろうとしか思えないのが民主党の山尾志桜里議員。

この山尾志桜里議員の経歴は結構凄いのがわかるけれど、他の質疑も聞いてみると、この人がどういう思想を持ち、どういう性格なのか見えてくるから面白い。偏執的と言っても良いように私には見える。

しかしこの動画でどうして彼らがああいう論理の組み立てをするのかが私には全くわからないんですよ。この人達と私は思想が違うけれど、私はこの人達を信用しているというか一目置いているんですよ。彼らも自説の矛盾に気がついていないはずはないし、でもそれを隠して安倍たたきをしようとしているなんて考えられないんですわ。でも「安倍を倒さねばならない」という思いがこういうおかしな理屈に持って行ってしまうんでしょうか。不思議だ・・・・。

でもねぇ、面白いなぁって思うことがあるんですよ。今日の動画でその話が出てきているわけではないけれど、私にしてみるとNHKってとんでもない左寄りの番組が多いのだけれど、左派に言わすと右寄りなのね。政府にべったりですとさ。(笑)

 
 
 

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