日本の「高額マンションを買いまくる中国人」=「かつての日本人」

古いエントリーが表示されているかもしれないので、是非、「投稿日」を確認してください

金持ち中国人が「日本のマンションを買いまくっている」のが報道されるようになってどのくらい経つんですかね。最近は「それも減りつつある」、「タワマンの価格も下がっている」という報道があるものの、まだまだ「中国人は日本の不動産に興味がある」様子。

「投資」もさることながら「将来的に日本へ移住する」という考え方があるようで、その背景に「日本への移住は簡単」というのがあった。

Yahoo!ニュース

高騰が続く都内マンションはだれが買っているのか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「中国の景気悪化や政治的リスクを…

この辺の「背景」はご存じの方が多いと思うけれど、こんな感じですかね。

 最近、中国国内で「潤日」という言葉が流行っていると言われます。「潤」には、もともと「儲ける」という意味がありますが、これは中国語におけるローマ字表記で「run」と書き、英語で言う「走る」「逃げる」を連想させます。「日」は「日本」を表します。つまり、この2つの語を掛け合わせて「日本に逃げる」という意味で広まった言葉なのです。

この言葉は、コロナ禍前の2018年頃から使われるようになったそうですが、顕著になったのはコロナ禍以降のことです。中国経済の減速が鮮明になったのは、コロナ禍が発生した2020年以降と言われます。潤日は中国経済の減速と関係がありそうです。

中国政府は、コロナ対策としてロックダウンをともなうゼロ・コロナ政策を掲げ、国民に対して外出を禁じ、自宅や施設での隔離を求めました。同時に、飲食店やスーパーマーケットなどのライフラインを停止して、感染の拡大を防ごうとしました。その結果、中小企業を中心に数百万社が倒産。若者の失業率が高くなり、中国経済のデフレ化が始まりました。

いっぽうで、過熱する不動産マーケットに対しては、2020年に不動産開発業者による資金調達および不動産業向けの金融機関融資に対して規制を実施した結果、2021年以降不動産価格が急落します。

大手不動産開発業者・恒大集団の経営破綻、国有企業の深圳地鉄(深圳メトロ)を最大株主とする不動産会社・万科企業の経営危機が表面化するなど、深刻な不動産不況を招いています。中国不動産バブルの崩壊です。

 中国経済の不調は、米中対立もその一因となっています。半導体製造分野においては、台湾の半導体製造企業であるTSMC(台湾積体電路製造)が日本やアメリカに工場進出。アメリカは日本のラピダス社にIBMの最新鋭半導体技術である2nmのプロセス技術を導入、中国包囲網を構築し始めています。

中国に進出していた日本の製造業各社も、「中国リスク」を分散させる目的で、東南アジアなど周辺諸国に工場を移転。中国離れが加速しています。

さらに、中国国内では反スパイ防止法の改正などで、中国政府に反する言動などについての取り締まりが厳格になり、富裕層などの間で、自身の資産保持について不安を覚える人たちが急速に増えたのです。アリババ・アントグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が国家分裂や政権転覆を扇動した容疑で捜査を受けているなどといった報道は、富裕層の将来に対する不安を大いに煽るものとなりました。

 彼らが目指したのは当初はアメリカやカナダ、シンガポールでした。しかし、トランプ政権は移民に対して厳しい対応を取るようになり、国内でのアジア人に対するヘイトも横行したため、アメリカ移住をあきらめる人が続出。カナダでも不動産取得を2年間にわたって禁止するなどの施策が採用され、脱出先の門戸は次第に狭くなっていきました。

シンガポールは華僑が多く住み、国家を動かしている国なので、アメリカやカナダよりも選択肢に挙がりやすいのですが、居住権の取得条件が厳しく、多額の資金が必要であることに加え、物価が高いこと、不動産取得にあたっても多額の税負担を強いられることなどから、移住のハードルが高い国です。

これに対して、日本は地理的に近いことに加え、2025年10月16日以前では、経営・管理ビザの取得要件がきわめて緩く、この制度を使って日本に拠点を構えることが容易であることがSNS上などで話題になり、アメリカやシンガポール移住をあきらめた中国人が富裕層を中心に日本に流れ込みました。

具体的には、資本金500万円で日本に法人を設立しさえすれば、自宅を事務所扱いにもでき、ペーパーカンパニーを作ることで日本への移住が実現できるものでした。

日本の「移住コスト」はまだまだ安い

さすがに、こうした「金で買えるビザ」しかも「破格に安いビザ」に対して、日本政府は経営・管理ビザの基準を厳格化。現在は常勤職員1名雇用の義務づけや資本金3000万円以上、一定の日本語能力、業務分野に対する学歴、職歴の開示、専用事務所の開設などを求めるようになりました。

しかし、これとても、シンガポールなどと比べれば雲泥の差です。シンガポールでは永住権の獲得には1000万シンガポールドル(12億2000万円)以上をシンガポール企業に投資するか、2500万シンガポールドル(30億5000万円)以上を政府が指定する投資ファンドに投資する必要があります。

中国人富裕層にとっては相変わらず、日本への門戸はあけっぴろげの状態にあると言ってよいでしょう。

何十年も前から「お金が出来たら海外に逃げる」傾向が中国人には強く、私たちが1991年にオーストラリアへ移住した頃は、まだまだ中国はお金持ちと言えるほどじゃなかったものの、【お金持ちの子弟ややる気のある若者】は「まず、オーストラリアへ留学する」「その後、永住権を取る」ケースが非常に多く、【オーストラリア留学斡旋事業】が中国では大流行で、「留学案内パンフレット、留学申込書」だけでも飛ぶように売れていて、それを教えてくれた「中国人の友人(お互いの会社が同じビルの同じフロアだった)」と一緒にビジネスを立ち上げようかと計画したこともあるくらい。

その中国人の友人がまさに「そういう案内書+申込書」を買って、実際に留学をして、後に「IT関連の事業を立ち上げ、永住権を得た」若者で、「同じようなことを考える中国人はごっそりいる」という。私は「海外に出たい中国人ってどのくらいいるんだろうか」とマーケットの大きさを知りたいと思ったのだけれど、彼は「中国人、全員がいつか海外に逃げたいと考えている」と言うので、大笑いしたのを思い出します。

でもま、昔から中国に限らず「東南アジア諸国」では【金持ちになったら海外(特にアメリカ)に脱出する】なんてのが流行っていて、今では東南アジア諸国も発展はしてきたものの、昔は「将来の無い貧しい国」「いつか豊かな国へ出たい」と考える人が多かったのは「常識」みたいな感じだった。

中国も同じで、私が初めて中国に入ったのは「マカオから隣接している中山県へ入る観光ルート」で、それはまだ中国旅行が簡単ではない頃の1970年代後半で、「中国の貧しさって半端じゃない」のを見てきました。北京や上海みたいな大都市は違うだろうけれど、田舎の都市、街なんて日本人には考えられないくらいの「貧困さ」で、中国が「大発展する前夜」ぐらいだったのかな。それこそ「自転車が我が家の財産」みたいな時代。イメージとしては「今の北朝鮮」かなぁ。

中国のアッパークラスは別にしても私と同じような年代の中国人って「飢餓」「餓死」を知っている世代で、共産主義の元に「徹底的に管理された時代」で、物資も食料も恐ろしいほどに不足し「配給」が頼りで、でもそれも十分ではなくて、でも「勝手に商売は出来ない」みたいな時代を生きた人達。職業を得るのも簡単ではなくて、「働ける場所を買う。お金を出して入社する、役職を買う」なんてのが普通にあった時代で、とんでもなく長い歴史の中で「賄賂は文化となった」のも中国の現代史を見るだけでよく分かる。そして「上下関係、富めるものとそうではないものとの差が大きく」「上は威張りまくる」「下々は平伏する」のがまさに彼らの文化で、その片鱗は今の中国人の「自己主張」にも見えるんじゃないですかね。かれらは「自己主張が通る、通らないのとんでもなく大きな違い」をDNAとして理解しているんじゃないかと思うくらい。

「権力とか地位が意味するもの」って私たちの感覚とは大きく離れているのは間違いがなくて、「個人の権利、自由」なんて【無視される】のが当たり前の世界なんだろうと思う。

そういう世代が何を考えるかなんて簡単にわかるわけで、また今の40代50代もそういう時代を知っているし、その時代を生きた人達に育てられたわけで、日本では「中国人は民度が低い」なんて言われるけれど、私にしてみると「生きることが簡単ではなくて、極貧や死が身近で貧しく混乱した時代」を生きた人達が「どういう価値観を持っているのか」は簡単に想像できるのね。

日本で言えば、「敗戦後の貧しい時代」に「戦争孤児たちがどう生き抜いたのか」と同じだろうと思う。最近、流行った「細木数子を題材とした映画【地獄に落ちるわよ】」で彼女の性格を作ったであろう「戦後の極度に貧しかった時代」がわかるけれど、本当に「生きるか死ぬかの瀬戸際を生きてきた【貧しい人達】」の考え方、行動原理を豊かな時代に育った私たちが簡単に「民度が低いね」なんて言えないと思う。それって「飼い犬が野良犬をバカにする」のと似たようなもの。

結局、共産党独裁の中国って「管理社会」なのは今も同じで、大きく発展はしたものの、「政府を信用していない人達」ってごっそりいるんじゃないですかね。あの大富豪のジャックマーが政府に「国家分裂や政権転覆を扇動した容疑」で潰されかけたのを見た企業家たちが何を考えるのかなんて簡単にわかる。

もちろん「共産党との太いパイプ」が重要で、それで大きくなった人達も多く、「自分は中国に残る」けれど、「財産や子どもたちは海外に逃がす」なんてのは常識で、あの習近平さえも海外に子どもたちを住まわせ、海外財産もごっそり持っているという報道が時々でるくらい。

そういう「歴史的背景」を考えると、「多くの中国人が日本を避難先としてみる」のは当たり前で、物価も安い、社会は安定している、「居住許可も取りやすい」となれば、大量の中国人が(出稼ぎとは違う意味で)「日本に流れ込む」「日本に足場を築く」のは当たり前だと思う。

日本の永住許可より市民権の方が取りやすいなんてバカげた法律があったり、たった500万円の投資で「経営・管理ビザ」が取得できる異常さをこのブログに何度か書いてきたけれど、やっと日本政府も重い腰を上げて是正するようになってきた。

500万円の投資で「経営・管理ビザ」が取れるのも、3000万円と値上がりし、他の条件も付いたけれど、それでも「金持ちにしてみれば全く問題がない内容」なのを日本政府はわかっているのか心配になる。でもま、「足切り」としては使えて、「猫も杓子も日本へ向かう」ということは減るのかもね。

でも「他国と比べるとまだまだ日本は簡単」なわけで、日本は「金持ちなら日本に来てもらうのは大歓迎」ってことなんだろうと思う。

そこで思い出すのは1980年代の「日本の海外移住ブーム」なのね。

増える老人をどうにかしようと日本政府は考えていたわけで、「シルバーコロンビア計画」なるものを始めた。(これが後の「ロングステイ財団」へと続く)

まずは「老人が住みやすい環境がある」ところを探し、「日本人の老人を受け入れてくれる外国を増やす」と同時に「老後は海外で住めば素晴らしい老後となる」と大宣伝。旗振り役は「経済産業省」。

これに乗った国々も多く、「退職者向けのビザの発給」を始めた国も多く、「是非、我が国へ来てください」という国々が出てきて、スペインやポルトガルに渡った日本の退職者も多い。ただ、人気があるアメリカ、オーストラリア、カナダは「日本は自動車だけではなくて、面倒を見きれなくなった老人も輸出をするのか」という反発もあった。

でも「まとまったお金を出せば長期滞在ビザ、あるいは永住権が取れる」環境は整っていて、オーストラリアへも多くの「退職者が渡った」のね。その「退職者ビザを得るのに必要な見せ金は5000万円」で、これは「永住権」も同様で、永住権の場合は細かな条件があったものの、「永住権は金で買える」という考え方が広まった。(当然、お金がかからない種類のビザ、永住権はいろいろある)

その当時にオーストラリアへ渡った日本人たちの情報を得るのは簡単ではなかったのだけれど、「家族4人で自宅があれば毎月15万円で生活できる」という情報があったし、実際に当時のオーストラリアは物価が安くてその15万円で家族4人が生活できるというのは嘘じゃなかった。

そしてその当時、オーストラリアの金利は高く、定期預金でも10%で回るわけですよ(最高16%ということもあったらしい)。つまり、5000万円を持ち込んで10%で回せば「年収500万」で、生活費は「月々15万円」という計算を多くの人がしたはず。

当然、私もその「捕らぬタヌキの皮算用」はしたわけで(笑)、でも実際に私たちが渡った1991年は「家族4人で15万円なんて嘘だろ」と変わっていた。でも50万円あれば「かなり裕福なのは間違いがない(子供二人を私立の学校に入れても大丈夫)」し、「資産運用+実業の収入」があればかなり良い生活が出来たのは間違いがない。ただし、「サラリーマンとなった場合の給与所得は当時は低かった(日本からの駐在員はとんでもない高所得だけれど現地採用は安くなる)」けれど、「日本と比べて働く環境は比較にならないほど素晴らしい」わけで、なおかつ永住権があれば「分厚い社会保障も受けられた」のね。医療費や教育費は「公立ならほぼ無料」だし、失業保険は「無期限」だし、年金も掛け金無しで支給される。(後に、これにプラスアルファの年金=スーパーアニュエーションが設定された)

当時の「退職」とはまさに「ハッピーリタイアメント」で、「髪を肩まで長くして陽に焼けた老人が大きなサーフボードを抱えた写真」が「退職者向けサービス」に使われたり、老人の孤独死なんて聞いたこともなかった。やっぱりどんなに貧しくても「それなりの年金が支給される」というのが大きいと思う。65歳以下で仕事がなければ「無期限で失業保険が支給される」し。(でもそういうオーストラリアの黄金時代も時代とともに変わる)

そして定期預金は10%で周り、物価は安く、相続税も贈与税もないわけで、退職者だけではなくて多くの現役世代がオーストラリアへ渡った。私たち家族も同じ。

当時は本当に天国で、BBQをやるにしても「一番高い肉、伊勢海老、アワビも激安だった」ことはブログにも書いたことがあるけれど、「オーストラリアと言えばBBQ」と言われるけれど、ローカルの一般的なBBQは「ソーセージとパンを焼くだけ」なんてのが多くて驚いたことがある。だからローカルのBBQに招待された時には「ステーキや鮭のホイル焼き」なんて持参するととんでもなく喜ばれたのね。でもローカルにも金持ちはいくらでもいて、彼らのBBQパーティでは「生バンドの演奏」「豚の丸焼き」が出たり。

ところが~~~~

オーストラリアって歴史的に「インフレ率の高い国」で、「貯金はするな、物を買え」という国だった。そして多くの日本人達が考えていなかった「所得税の高さ」が問題になった。所得税は「ちょっと稼いだだけで50%」になるような累進課税。そして「分離課税がない」から、日本から多くの資金を持ち込んで定期預金にしても「半分は税金で取られる」。ここでも「節税方法がある」のだけれど、それに気が付かなかった人達は「脱税するケース」も多かったし、当時のANZ銀行の日本人スタッフが「納税する必要はありません」と言っていたのを思い出す。これは「大間違い」で「脱税しても見つかりません」という意味だったと想像しています。ま、異常だったのは間違いがない。

結局「うまい話は無い」「時代は変化する」ということなんだけれど、日本人が殺到した1980年代って、日本はバブル全盛で「駅近の小さな雑貨店」を売っただけで数億円にはなった時代だから、「家業を閉めてオーストラリアへ行こう」なんてことも大流行。私がたまたま「貯金のつもりで買ったワンルームマンション」が980万で買って10年後(長期譲渡)で5500万円で売れた時代。

そしてオーストラリアの物価は安い。コンドミニアムも大きくて激安なわけで、そしてそれは「ウォーターフロントの家」もそうで、新たに開発されて販売されたウォーターフロントの土地も100坪以上で1500万円とか。これは後に「1億円を超える値段が着く」ようになるのだけれど、多くの日本人がウォーターフロントの家に住み、眼の前の桟橋には30フィート以上のクルーザーを浮かべる日本人もいた。

これってなんだか「今の日本に来る中国人」の話とダブる感じがしませんかね。

当時は日本企業のゴールドコースト進出も凄くて、大型の高級コンドミニアムを建設したり、既存のモールやコンドミニアム、ゴルフ場を買収したり、またとんでもなく広大で高級リゾートを日本企業が開発したり。ゴールドコーストの中心街、サーファーズパラダイスの主だったコンドミニアムは日本企業のものだったり。

ま、同じことがハワイのワイキキ、ニューヨークでも起きたわけですが・・・・。

日本の「快進撃はバブルの崩壊で終わりを告げる」ことになった。

当時はローカルの人達による「全てを買い占める日本人を追い出せデモ」みたいなのもあったり、そりゃローカルの人達にしてみれば「日本人、日本企業を相手に大儲けした人達がいる」にしても、一般からみれば「侵略者」以外の何者でもなかった。

でもバブルは弾け、「日本企業は資産売却に走る」わけで、要は「たたき売り」ですね。多くの現地の日系企業は倒産したり、大手は撤退。

なおかつ「リーマン・ショック」が起こり、我が家も最悪のときには「資産が4分の1」になって「どん底の思いをすることになる」わけですが、さてさて、中国は「日本のバブル、バブル崩壊を徹底的に研究している」と言われていますが、同じようなことが起きるのかどうか。

今の金持ち中国人って私からみると「半端じゃない大金持ち」に見えるのだけれど、レベルは違えどあの当時の日本人、日本企業って同じ様に見られていたのだろうと思う。

結局、日本人、日本企業は「調子に乗って高いものも買いまくった」わけで、でもその後、「叩き売った」。これは前にも書いた「演歌歌手の千昌夫」も同じで、彼は一時は大儲けしたのだろうけれど、最終的には2500億円以上の借金を抱えた。

結局は「日本人に高く売りつけて儲けたローカル」が、後に「安値で買い戻した」のね。そしてまた「中国人に高く売る」という時代が来た。

最終的な「勝者は誰」なのか。そんなことをこの数十年の変化を見ながら夢想しています。

これは不動産だろうが株だろうがインデックスだろうが同じで、長い年月の中で「常に変化し続ける」わけで、【その変化を見てそれに乗れるのか】【偶然に任せるのか】で大きな違いが出る。

たまたまこの10年、15年で「儲かった~~。資産が増えた~~」「そうか、そうすればよいのか」なんてのは余りにも「単純」過ぎると思いませんかね。

それでも問題ないのか、それとも問題を抱えるのか、それはみなさんが「私と同じような年齢」になれば【変えることができない結果、事実】としてわかること。「ああすれば良かった、こうすれば良かった」と理解しても、後悔してももう遅い。

でも今、「流れに乗ればよいのだ」ということさえわかっていれば、【未来は貴方の手の内にある】ということ。

ただ「流れに乗る」というのは「トレンドを無視するな」「Trend is friend」と世界中で昔から言われ続けていること。

でも「どうやって?」というところでつまずくはず。そしてそれを「実際の売買に落とし込む」のも簡単ではない。

ただ「その道しるべ」は、私はいつも書いているつもり。

頑張ってください。

「にほんブログ村」のランキングに参加しております。是非、応援のクリックをお願いします。

にほんブログ村 海外生活ブログ マレーシア情報へにほんブログ村 海外生活ブログへにほんブログ村 海外生活ブログ ゴールドコースト情報へ