ヨメさんの誕生日プレゼントはやっぱりこれしかない・・

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また今年もヨメさんの誕生日が来た。昨日ですが。

しかし面白いもので、歳を取ると月日の流れが本当に早くて、ヨメさんの誕生日ってついこの前じゃなかったっけ?みたいな感じ。

ヨメさんと知り合って40年以上経ちますが、誕生日には「花束」を贈るのが私の中では決まりになっています。そうして欲しいと言われたことは一度もないのですが、これって習慣化すると変えられないのね。^^;

誕生日にはマレーシアに住む父や姉も含めて皆で集まって食事会をするのが我が家の決まりごとですが、それとこれとは別。またコロナ禍では我が一族の「誕生日会」は休止中で【ちょっと良いものをデリバリ】みたいになっています。そしてLineで繋いで「ハッピバースデイ」を歌う。(笑)

今回、ヨメさんに贈った花束。一週間ほど前に誕生日当日に届くように手配していました。もちろん、ヨメさんには内緒。

花を贈るという点ではいつもと同じですが、「バラの花束」を贈るのはかな~~り久しぶり。いつもは「白いユリの花」で、それはヨメさんが一番好きな花だから。

バラの花は私が一番好きな花で、それも【血のように真っ赤なバラ】が好きです。そしてですね、まさに「真っ赤なバラの花束」が40年ぐらい前に、私が初めてまだ付き合い始めの彼女に送った花なんです。

40年前のこと。ヨメさんが実家である福岡に戻っていて、久しぶりに東京に返ってくる時に羽田空港に迎えに行きました。その時に「殺風景な(彼女の)マンションに帰るのも可愛そう」みたいに思ったのでバラの花を渡しました。

でも羽田空港の中で花束を抱えてウロウロするなんて絶対に出来ませんので、迎えに行った車のトランクの中に忍ばせておきました。

そして彼女を出迎え、駐車場に行き、荷物を積み込むためにトランクを開けると「そこに花束がある」ようにしました。

あの時のヨメさんの嬉しそうな顔が忘れられません。

それからですかね、誕生日には花束を贈るようになったのは。もう40年ぐらい続いています。

今回はなぜヨメさんの好きな白いユリではなくて、私の好きなバラにしたのかというと、あの40年前のことを思い出すのと、また私も(ヨメさんも)歳を取り、いつ死んでもおかしくない年齢になったのが関係しています。

つまり、誕生日の花束も「これが最後の可能性もある」とフト思ったわけです。

で、そう思ったら「真っ赤なバラをどうしても贈りたい」と思った。初めて花束を贈ったときと同じ真っ赤なバラの花束で、もしこれが最後の花束になっても、真っ赤なバラを見たら私を思い出して欲しいという願いです。

そして40年前に羽田で渡した真っ赤なバラの花束ですが、50本でした。

だから今回は60本。あの時より「増えている」ことが大事だと思ったし、でもヨメさんの年齢に合わせたら恐ろしいことになるはずで(笑)、だから60本。

そしてヨメさんに言ったんですよ。

「初めて花束を贈ったのはバラの花。そして私たちはもう歳だから、これをいつまでも続けられるとも思えない。だから私達の出会いを忘れないためにも赤いバラにした」と。

そして「あの時は50本だったけれど、今の気持ちを足して60本にした」と。

そうしたらヨメさんはなんて言ったと思います?

「あの時は・・・・・、100本だった」

ですと。(爆)

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