歴史的にどれほどの「バブルとその崩壊があった」のかを順繰りに説明している動画がありました。
70歳を過ぎた私でも、あの超有名な「1929年のウォール街大暴落と世界大恐慌」を知らないし、実体験したのは「1987年のブラックマンデー」「1990年代初頭の日本のバブルの崩壊」「2001年のNY多発テロ」「2008年のリーマンショック」ぐらいなもの。それでも「結構、頻繁に起きているのがわかる」はず。
ただ2008年のリーマンショック後は「大混乱は起きていない」と言っても良くて、コロナ禍も私としてはそんなに大きな暴落とは思わなかった。ま、それはすでに「私の場合は、株式市場の暴落があっても大丈夫な投資スタイルに変わっていた」からかもしれない。つまり、「株式投資は一切せずに債券投資に全振りになっていた」からに他ならない。
でもリーマンショック後の「株式市場の大きな、そして長い上昇トレンド」しか知らない人達は多いわけで、リーマンショックが18年前だとすれば、今の30代、40代は「当時は子ども」と言って良くて、あるいは「投資の恐怖をまだ知らない」はずで、世界がどれほど混乱したのかは「感覚的には理解できない」はず。でも長い「株価チャートを見れば」【安いところを買っておけば儲かる】ようにしか見えていないはず。
これは1929年の世界中が大混乱した「ウォール街大暴落と世界大恐慌」でさえも、【我慢しておけば良かったじゃないか】と思うはず。それは「日本のバブル崩壊も同じ」で、このブログの読者にも「株を持ち続けていた」「持っていて良かった」という古くからの常連さんもいる。
でもそういう人達は「投資額の80%が損失となる」「元に戻るのに数十年」を我慢したということで、「よっぽどのお金持ち」か、「投資は遊び金程度だった」のか、「実業の収入が十分にあった」のか、どちらにしても【特別な人達】だと私は思うし、「お金が必要になる時」「年金生活に入る時」にも「投資したお金は必要無かった」かなり裕福な人達だと思う。
でも多くの人達は「我慢したくても出来なかった」のが普通で、まず「精神的にやられる」し、「借金、あるいはレバレッジが掛かる投資(信用取引など)」をしていれば、【売らざるを得ない】し、「売っても大きな借金を抱えたまま」という人が多かったはず。なおかつ「経済の停滞」があるわけで、「リストラ、転勤」あるいは「勤め先の破綻」なんてことも起きて、「お金が足りない」ようになれば「売りたくなくても売るしかない」のが当たり前。こういう「当時の状況」って、株価チャートを見てもわからないのね。想像もできない、あるいは想像できても「実体験をしていない」「そういう環境に置かれたこともない」から【我慢していれば儲かった】ようにしか見えないのだろうと思う。
でも一度でも「大暴落」を経験してみると、「この安値を買えば良い」と思っても「買えない」「資金がない」「買える状況にない」事が起きるのがわかるはず。「買いたくても買えない」どころか【売らざるを得ない】ことがおきるからこそ、【値は大きく下がる】というのをまず理解するべきだと思う。
でも「実体験をしていないことを理解するのは簡単じゃない」わけで、「わからなくても当たり前」ということも可能だけれど、私は「歴史を学ぶ」というのは「それぞれの時代の人達に感情移入をしてみる」「その環境の中にいる自分をありありと仮想体験する」ことが【重要】だと思うのね。たとえば「関ヶ原の戦い」にしても、自分が「家康」だとしたら何を考え、何を心配したかとか、自分が小早川だとしたらどう動くべきかを「小早川に自分がなりきって想像してみる」ことが重要だと思うわけです。
それは「自分がタイムマシンに乗って、その時代に降り立って何が起きたのかを実体験する」のに似ていて、それなくして「歴史を理解することは不可能」だと思うんですよ。
私は「相場も同じ」であって、必要なのは「想像力」であって、【経済の現状分析】とか「学問」ではないと思うのね。というか、それらに「想像力をプラスする」ことが重要だと思う。
まずは「歴史を見て、理解して、その中に自分を放り込んで仮想体験をしてみる」のが良いと思う。
この時に自分が株式投資をしていたとしたら「何を考え、どう行動するか」。
株式市場は大暴落、仕事もなく、失業者が溢れるこんな中で「株は売らずに我慢していれば良い」「安いところは買えば良い」と本当に思えるのか。「その日のパンにも困る状態」になれば、たとえ二束三文でも「売れるものは売る」のが誰しもが考えることで、だからこそ「暴落は怖い」のね。「安値を買う」どころか、「売りが売りを呼び、下げが下げを呼ぶからこそ大暴落となる」のを理解するべきだと思う。

この渦中に自分が居たら気が狂うと私は思うのだけれど、「悪いことは考えたくない人達」はこの下のチャートを見るのね。
あの「世界大恐慌」「ブラックマンデー」「ITバブル崩壊」「リーマンショック」さえも【我慢すれば儲けられる】と。
そして私も「それは事実」だと思う。
でもねぇ、「田んぼの稲が大きく育って大収穫だ」と思っていた時に、稲は倒れ、変色し、腐り、どう見ても「もう駄目だ」と思った時に、「自分はどう考え、どう行動するか」「どうするべきか」を想像してみてほしいんですよ。
「放置して我慢すれば大丈夫なのだ」と言い切れるのかどうか。それは「余裕がある人」だけに許されることかもしれない。
ではどうするべきか。
ここで考えてほしいのは、今は「株式投資」を前提に話していますが、こういう「大きな変化」の「投資家に与える影響」っていろいろじゃないですか。
「まだまだ伸びる」と会社を大きくして「数百億円を投じて工場を建設中」「銀行から多額の借金をして事業拡大中」「信用できる企業に多額の融資中」「優良企業をM&A」「生命保険、年金資金を数兆円投資中」とか、【投資にはいろいろある】じゃないですか。そして上に書いた数例ですが、「危ない、逃げよう」と思った時に逃げられるかどうか。
ここに注目する必要があると思う。
もし私たちが上の例の様な投資をしているとしたら、「逃げ道はほとんど無い」と私は思うのだけれど、「株式投資をしている個人投資家」だとしたら、【朝に逃げよう】と思ったら【午後には逃げ終わっている】んじゃないですかね。また「空売り=ショート」をして利益を出すことも可能だけれど、上の様な投資家はそれも出来ない。
私がいつも「我々のような個人投資家は有利だ」と書くのはこういうことなんですよ。なんでも「自分の好きな様に売買できる」「売買する理由の説明責任もない」「次の日に取り消しても、責任追及されることもない」「儲けようが損しようが自己責任」「ああしろこうしろという上司も顧客もいない」。
「私たちはどれほど有利な立場にあるか」を理解する必要があって、その「有利な立場」を目一杯使うべきだと私は思うわけです。
私の売買手法は「トレンド追従型」で、「逆張り、値頃感での売買もしない」手法ですが、それが可能なのも「零細個人投資家だから」なんですね。私は「デイトレ専門」ですが、それとて「零細個人投資家だから出来る」わけで、大手の機関投資家、銀行、生保、いかなる大企業もそんなことはできないわけです。デイトレとは「小さな世界」ですから、彼らがちょっとでも売買すれば「それだけで大きく値が動いてしまう」から【手の出しようが無い】わけです。
また「トレンドフォロー」も昔からの王道ですが、彼ら大手は「トレンドフォローさえも出来ない」と言って良いはず。
「大きな暴落」も「初動は小さい」わけで、私たちは「流れが変わったのが見えたから、売ろう(買おう)」と好きにできますが、彼ら大手はそれも出来ないのね。
「流れが変わりそうだ」と思っても「建設中の工場を中止する」「数十億掛けてる事業拡大を中止する」「企業に貸し付けている数百億円を即刻引き上げる」「3000億円でM&Aした企業を買い戻してもらう」、あるいは「日本の株式等を買っている日銀、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、全て売ろう」なんてことも絶対にできない。
たとえば今のこのS&P500の動きを見て、「高値圏でウロウロして、明確な売りサインは出ていないけれど、下げの予兆は見えるのでとりあえず利確しました」というのは個人的には全く問題が無いけれど、もし貴方が数百億、あるいは数千億円の顧客の資金を動かすファンドマネージャーだったら、多分「即刻クビ」になるはず。まず上司や顧客が納得する「理由」の説明責任があるし、「この辺でとりあえず利食いするのも良いんじゃないですかね」なんて通用しない世界。
だから、私は「自由な個人投資家だからこそ利益を狙える」と思っていて、それなのに「ガチホ」だ「積立だ」と、「大手や業界が喜ぶこと」をしてどうすんのよ、と思うわけです。
今回は「大きな暴落」「バブル崩壊」のことを書きましたが、これらには「必ず初動がある」のね。ある日ある時、一日で半分以下になるようなことはまず起きない。でも逆に「小さな初動」が【どこまで大きくなるか】もわからないのね。
だから「たいしたことはないだろう」と思っている内に、「逃げるに逃げられないところまで連れて行かれる」し、逆に「危ないと思って全て手放したらすぐにもとに戻った」なんてことも起きる。それを「予想する」ことは誰でもやるけれど、「それが当たるなら負ける人はいない」のね。
「未来とは神の領域で、予想をしても意味がない」と割り切るのが良いと私は思っていて、「小さな下げが大きな下げになる」ことがあればそのまま着いて行けばよいし、「大きく下げると思ったらすぐに戻った」とするなら「そこからまた買いに入れば良い」だけのことだと思う。
つまりですね、「過去の大きな暴落、バブルの崩壊」で多くの人が財産を失ったけれど、実は「ちゃんと生き延びた人」「資産を増やした人」も存在するってことなのね。でも彼らは「逃げ足が早かった」「空売り=ショートもした」ことを意味していて【そういう人達は業界としては居て欲しくない人達】なのがわかりますかね。業界も大手の投資家も「買うばかりで売らない投資家」は【神様】みたいなもので、そういう投資家が大半なら「株式市場は安定する」し、【自分が逃げたい時には彼らを置いて逃げられる】ことを意味するから。だから「空売り=ショート」なんてのは「疫病神」みたいな扱いを受けるし、「素人はやるべきではない」と徹底的なプロパガンダを展開する。でも大手は必ずヘッジをしているし、ヘッジをするということは「空売り=ショートを組み合わせる」ということでもある。ただこの方法を「素人を含めた多くの人にはやってもらいたくない」と考える世界。
理由はいろいろあるのだけれど、空売りが簡単にできると、「小さな下げにパニック売りが重なって大暴落を起こす」なんてこともあるからなのね。だから中国みたいに「空売り禁止令」が出たり、「空売り=ショート」には制限を設ける取引所も決して少なくない。
でもFXもそうだけれど、「円は買うけれど売ったことはない」なんて人がいないのと同じで、「買うのも売るのも同じこと」なんですね。ボクシングという競技は「両手を使う」し、両手で攻撃も防御もする。でも投資の世界は、「初心者には片手で戦え、防御は必要ない」と教える世界。その理由は簡単で、「両手で戦う(買いも売りもする)なんて貴方達には出来ないでしょ?」「リスクが増大する」と最初から決めつける。それを専門家もインフルエンサーも全員が同じ様に「初心者を何も出来ない、何もしない投資家のままに置いて、常に買うことだけに集中する」ように誘導する世界。きっと「子どもに包丁やハサミを使わせるのは危険」という考え方もあるんでしょう。でも私たち個人投資家はたとえ雑魚でも「いつまでも子どもじゃない」。
とにかく、私たち零細個人投資家だからこそ「使える手はいろいろある」わけで、それを使わないという考えかたって私には理解できないんですよ。
「茹でガエル」状態を好む投資家って多いのだろうし、それは「楽して儲けたい」と考える人達で、そういう人達が「大きな変化が起きた時の【生贄】となる」のだろうと思う。
下の写真は1929年のウォール街大暴落、そして世界恐慌で「銀行や証券会社に集まる【多くを失った人達】」。「買えば儲かると言ったじゃないか」「騙された」「金を返せ」と大騒ぎをしても「後の祭り」。
でも彼らとて「逃げようと思えば逃げられる」のに【温かい湯船に浸かっていれば大丈夫で、この気持ちよさは未来永劫続く】と考えていた人達だということでしょう。慌てて銀行に行って「預金を引き出そう」と思ってももう遅い。銀行の破綻も起こるから。リーマンショックも同じで、誰があの巨大で歴史があるリーマン・ブラザーズが破綻すると予見できたのか。
でもこのウォール街大暴落の大騒動の中で「巨額の富を築いた」と言われるのが「ケネディー家」で、「街の靴磨きの少年までも株式投資に夢中」な姿を見て「もうここまでだろう」と【株式投資からの撤退を決めた】と言われる。そしてその後、バブルは崩壊。きっと将来性のある企業の株を「メチャ安いところ」でごっそり買い集めたんでしょうね~。
歴史って面白くて「同じ事が何度でも繰り返される」のね。「大損した人達は消えていき、また新たな欲深い人達が集まってくる」世界で、だからこそ多くのプロ、ハイアマが長きに渡って生きていけるんでしょうね。
投資って年齢、性別、職業、学歴、資格も全く関係なくて、「やろうと思えば誰にでも出来る世界」。それは素晴らしいことでもあるけれど、「いくらでもカモを集められる世界」で、「皆でカモを育てる世界」でもあるということ。「業界の人達、業界に長い人達」は誰でもそれを「常識」だと理解しているけれど、知らないのは「私にも儲けさせて~~」とお金を握って証券会社や銀行に並ぶ人達。「小金を持って儲けたいと思う人達」は皆さん大事な大事な【お客様】であって、決して「仲間」でもなんでもない。そして「金の切れ目は縁の切れ目」。それだけのこと。でも「またいつでも起こしください。歓迎します」という言葉は忘れない。









