世界を変えるデータテクノロジーとは? 日本のAI・web3戦略

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ユーチューブ番組の「PIVOT公式チャンネル」で公開された討論会が面白かったです。

歳を取ってくると技術の進化に追いつけないし、わからないなりに全体像を知りたいと思ってもそれも簡単にはいかないほど複雑化して進化が早い。

困りましたねぇ。

でもやっぱり「もうわからなくてもいいや」とは思えないわけで、細かいことは横に置いといても、大雑把にどんなふうになっているのか。業界や世界、あるいは日本は、日本の政府はどっちを向いて何をしているのかぐらいは知りたいと思っています。

そういう意味でこの討論会は面白いと思いました。細かい技術の話ではなくて、そういう新しいものをどう使ってどんな世界になるのか。その世界の人達は、特に政府は何を考えているのか、現状はどうなっているのか、そんなことが垣間見れる討論でした。

面白かった。こういう討論、多くの専門家の話を中心にこれからも追いかけていきたいと思いました。

日本も頑張ってほしいといつも思いますし、情報収集をしていると、やっぱり日本って凄くて最先端の新しい新技術を開発したり、頼もしい話はいくらでもあるのね。

でも「そこで止まってしまう」みたいのを私は常に感じるんですよ。

技術は開発できても「それで儲けるのが下手」みたいな。

これは日本企業、政治家、官僚のトップの「老齢化」だと私は思っていて、【決断ができない】のを感じるんですよ。というか「決断内容」が世界の流れに沿っていないような。

やっぱり専門家の中から経営者なり政治家が出てこないと駄目だと私は思うのだけれど、そのへんの風通しの悪さを感じるし、そういう意味でも「どうにもならない感」を強く感じています。

まず政治の世界があまりにも古臭いと思っていて、もういい加減に世襲制をぶち壊さないとどうにもならない。それと私が思う一番の問題点は「小選挙区制」にあるんじゃないかと。これって「地元の権力者」しか政治の世界に入ってこれないわけで、彼らの戦いの場は世界でも日本でもなくて「狭い地方の一部」でごちゃごちゃやっているだけに思えます。

例えば、今回の討論の中で「こういう未来に向かって全力疾走するべきだ」と思ったところで、それを推進してくれる政治家はいないと言っても良いんじゃないですかね。政治家の多くが気になることは「地元での自分の人気」であって、国家が世界じゃを優先したくてもそれはできない。

小選挙区制って「ポピュリズムの最たるもの」と私は思うんですよ。

こういう地元だけで力のある権力者が政治家となり中央に出てきたところで、彼の中心にあるのは「地元」でしかなくて、「日本を中心に考えることはないだろう」と思っています。日本にとって大事な事柄でも「地元では人気がなければどうにもならない」のですから。

例えばこれからの時代を作っていく若者が「こういう人に政治家になって日本を引っ張ってほしい」と思ったところで、小選挙区でそういう政治家を当選させることさえできない。

でも全国区であるならば、マイノリティが注目する人材も、全国区ならそれなりの票になるから政治の世界に入れる。違いますかね。

地元の名士が政治家になって、「当選回数」で党の中での処遇が決まり、トップになるには「衆議院議員じゃないと駄目」だなんて、これじゃ世界の変化について行けるわけがないと思うんですよ。それでも各分野の「重要人物を引っ張る」ことはできても、その重要人物は所詮使われるだけで、政治の中枢には入り込めない。

私はそういう意味で、青山繁晴参議院議員に注目していて、彼って本音を言うと問題がないとは思わないものの、支援団体も持たず、寄付も受け付けずに全国区で多くの票を集め、彼が集めた自民党員の数はダントツという意味で、一目置かれている存在。

彼自身が良い悪いではなくて、そういうバックグラウンドを持って政治の世界でそれなりに影響力を持つ政治家って決して多くはない。そういう意味では菅さんも似ている。

こういう「国民からの支持が多い政治家」を重用するのは大事だと思うわけで、民主主義とはそういうものだと思うわけです。

そういう意味での「大統領制」って良いと私は思うんですよ。

でもねぇ、もし日本の総理が「国民投票」で選ばれるとしたら、「小泉ジュニア」「石破茂」なんて名前がトップに出てくるのかと思うと、やっぱり駄目だわ、なんてことも思うわけです。

その弊害はアメリカや韓国にも見えるわけで、「国民の一票を重視すると国が乱れる」のも間違いがないのかもしれない。

でも「小選挙区制」で大事な政治家を選ぶってのはやっぱりおかしくて、「この人に頑張って欲しい」という政治家が現れても、その選挙区に自分が居住していなければ一票を投じることさえできないっておかしいと思うんですよね。

私はこの選挙制度を変えないと、世界の変化に乗ることはできないと思っています。

そして日本の官僚は素晴らしいとは思うのだけれど、「国民から選ばられたわけでもない官僚」が、政治家をさておいて大事なことを決めていくって駄目だと思うんですよ。

これが昔からの日本のシステムだから、多くの人は違和感はないのだろうけれど、私はオーストラリアに25年間住んで、オーストラリアの常識を見て考え方が大きく変わりました。

オーストラリアって政治家が変わると官僚も変わるのね。

極端な言い方をすると、政治家が変わると地元の税務署長まで変わってしまうみたいな。

この辺の正確なことを私にはうまく表現できないけれど、「政治家が変わったのに現場の人間は同じ」っておかしいとおもうようになりました。せめて現場の人間は「政治家の指示に従う」のならまだしも、現場は現場で自分の省庁しか見ていないとしたら「国民が政治家を選ぶ必要はない」ことになるじゃないですか。

そして日本の官僚って「縦割り」でしょ。

かつての日本って「道路の整備」をするにも、水道は水道、電気は電気、ガスはガスで「同じ道路を何度もひっくり返しては埋めて」みたいなことをしていたのが日本の特徴を表していると思いました。

オーストラリアではそういう馬鹿なことはないし、「やることも早い」と感じました。たとえば道路にしても、「渋滞するようになってから慌てて拡張工事をする」みたいなことがなくて、手を付けるのが早いのね。でもま、それは計画的に都市を作ってきた歴史があるからだと思いますが。

どちらにしても「公務員は下僕である」という考え方が強く、日本みたいに官僚が「俺たちには総理大臣さえも変えられる影響力がある」みたいな偉そうな雰囲気がないのね。【全ての公務員は選挙で選ばれた政治家に従う】のは【一番上に立つのは国民である】という考え方があるからだと思いました。

でも日本は「お上の言うことを聞いていれば良い」という考え方で、その「お上」とは【役人】のこと。

「日本人は平和ボケしている」と言われるのも同じことで、【自ら考えて決める】ということを放棄しているように私には見えるわけです。

でもそれだけ日本の役人は素晴らしいということでもあるんでしょうが、このままで良いのかどうかは疑問。

そしてそこにメスを入れない限り、今回のような討論があって、方向性が見えてきて、どうするべきかがわかってきてもそれが実行されることはないのじゃないか、みたいな気がするわけです。

これは昔から、自治体に金を出すと「すぐにハコモノを作る」のも同じで、本当に大事なところには使われていないというのがあちこちに見えると思います。

ここマレーシアでもそういう日本政府の「勘違い」の例を見ることができました。

それは「クールジャパン」という掛け声の元に、素晴らしい日本を世界に知らしめるという国家事業で、マレーシアでは伊勢丹と組んでLOT10に伊勢丹をオープンさせた。

あれを見て素晴らしいと思った人もいるのだろうけれど、私は日本に昔からある「自治体がハコモノを作る」のと全く同じものを感じました。一般の企業ならありえないことを平気でする。

でも政府が金をだすということは「一般ではできなことだから」というのもわかるけれど、素人集団が理想論で盛り上がって作り上げたものにしか見えませんでした。

こういう「お上的な発想」って百貨店業界にも昔からあったのね。私は長い間、流通業界にいましたから、特に有名所の百貨店は「お上的な発想」があるのを良く感じていました。そして天皇みたいな存在が社内にいて、ツルの一声で全てが動くみたいな。

だからこそ百貨店業界はどんどん廃れて行って、それはスーパーも同じで、随分と業界再編が続きましたが、私は多くを学んだはずの伊勢丹がまさか政府主導のクールジャパンに乗ってあんなLOT10を作るなんて「考えられない。嘘だろ?」と思ったくらい。

ま、これはマレーシアに限らず、世界中で似たようなことをして批判が集中したようで、マレーシアでは政府は降りることに決定。今は伊勢丹の資本だけでやっているのかどうかわかりませんが、LOT10のコンセプトって何?みたいなモールになってしまったと思っています。

あのLOT10に付き合わされて出店した業者も大変だったと思いますが、「日本で辻褄合わすからお願いします」という条件があったのだろうと思います。これって普通のことで、日本国内でも「損は他で穴埋めしますから」みたいな無理な出店要請って結構あるのね。

でもそういう業者も消えて行って、本当にLOT10って私にはなんの魅力もないモールになってしまった。

結局ですね、「現場をわかっていない人たちが決める」からそうなるのだろうと私は思うわけで、そしてそれは「日本の伝統、お家芸」みたいにも思えるわけです。

新陳代謝や「現場を熟知している若者に任せる」のは重要なことで、それなくして「進歩はない」と思っています。

だから今回の討論を聞いて、「将来は面白そうだな」とは思っても、それを主導して動かす政治家や官僚組織はどうなっているかというと、【期待はできない】というのが私が思ったこと。

せめて「金は出すけれど口は出さない」という政府なら良いのにね。

日本は「中央が自治体に出す補助金」も表向きは「自由に使ってください」となっているのに、計画書は総務省にチェックされて、あれは駄目、これも駄目と指導を受けるとのこと。

「金は出すけれど口は出さない」のが得意なのが中国だと私は思っていて、政府が出す補助金って凄い額なのね。でも補助金詐欺師みたいなのもごっそりいて、有効に使われているのかどうかは疑問だけれど、あれだけバラ撒くと「数百社の中で数社は生き延びる。育つ」かもしれなくて、【それでも良い】というのが中国式で、意外にそれは間違えていないのかもしれないと思うわけです。

日本の政府は「選択と集中」というけれど、【そんなの絶対に無理だ】と高橋洋一教授は言う。「所詮、千三の世界で、1000の内、3つうまく行けば儲けもの」というのが現実で、それに賭ける余裕のある無しで勝負が決まるのかもね。

日本って本当にポテンシャルは高いと思うんですよ。

今の日本株高も、海外はその日本のポテンシャルに期待しているのだろうと思うけれど、私としては「日本の政治や官僚組織はまともに動いていない」ところまで彼らは気がついていないんじゃないかと思うんですよ。

日本株に投資するより、ポテンシャルのある日本企業をM&Aするなりして、中身をごっそり頂くなり、本社を海外に持っていくなりしたほうがよっぽどうまくいくんじゃないかと思ったり。

私の本音は、そんなの冗談じゃないと思っていますが、岸田政権は馬鹿まるだしで海外資本によるM&Aも大歓迎。それで日本にも大きな利益があると閣議決定している。日本の技術もノウハウも利益も海外資本のものとなって、日本人はそこで働いて給料をもらうだけの存在になる。そして海外から来た管理職の顔色を見ながら働くってか?

私はこういう「日本の戦略のなさ」「国家としての展望のなさ」が日本の大問題だと思っていて、それを支えているのが日本の選挙制度で生まれた政治家であり官僚機構。

昨今のLGBT法案も、韓国のホワイト国外し、通貨スワップの再開にも、【日本には骨となる信念も将来に向けたビジョンもない】として思えません。

これをどうにかしない限り、鍋に開いた穴から大事なものが全て流れ出てしまうような日本に将来はないと思っています。

でもそのうち、頭の硬いジジババは消えていくし、若い人たちはどうにかこの日本を変えてくれるだろうと大きな期待はまだ捨てずに持っています。

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